縞衣の小説ブログ

縞衣(しまころも)の創作小説サイトです。4作品連載中。

8.悪夢《後》(葉蘭万丈!)

「ハラン、どうした?!ジェームズ、医者を呼んで来い!」
 オリーヴァの取り乱した声や、はいっ!と大慌てて飛び出して行く物音がして、俺は混乱した。


「ハラン、どうした?!親父さんならここにいるぞ!」
「えっ!」
 親父がそこにいる?!
 俺の意識は一気に覚醒し、気がつくと跳ねるように起きていた。
「ハラン!」
「親父!うっ……」
 慌てて親父のところへ駆けつけようとして、頭がクラリと揺れた。なんとなく胸も苦しいような気がする。
「ハラン、ゆっくり息をするんだ。落ち着いて…」
 オリーヴァが優しく抱きしめ、あやすようにゆっくりと背中をさすってくれる。温かい手にホッとして、俺はゆっくりと息を吸い、またゆっくりと吐き出した。
「大丈夫か…?」
 見上げると、心配そうなオリーヴァの、綺麗なオリーブグリーンの瞳とぶつかった。彼に安心してほしくて、俺は小さく頷いて見せる。
「怖い夢を見たのか…?だいぶうなされていた」
「夢……か。そっか、良かった…。すごく怖かったんだ」


 突然、親父と引き離されたのだ。今までに経験した事がないくらい、怖かった。親父を背負って逃げていた時を暗いトンネルの中とすれば、その先に出口があると信じていたのに壁に突き当たり、帰り道も塞がれて一生暗闇の中をさまよわなければならない、そんな事実を目前に突き付けられたかのように、絶望的で、恐怖だった。
 オリーヴァの、頭を撫でてくれる手がとても優しくて、泣くつもりなんてないのにポロリと涙が零れてしまう。人前で涙を見せるなんて恥ずかしいはずなのに、オリーヴァの前で格好つけても仕方ない気がして、俺は泣いている事を隠しもせずに涙をすすった。


「よしよし、怖かったな。もう大丈夫だ。俺もジェームズもついてるし、親父さんもいる。ほら、そこに」
 オリーヴァはそう言って抱きしめていた腕を解くと、親父の方を向いた。俺も視線を移し、いくらか顔色の良くなった親父の寝顔に、ホッと安堵する。寝台は二つ並んでいて、そう遠くない距離に安心して、またじんわりと涙が出てきてしまう。
「夢で、親父と引き離されたんだ……」
「そうか……」
「俺達、ここでは珍しい人種なの…?それでモルモットにするって言われてっ……」
「……そうか、そんな夢を……」
「すごくリアルだった。まるで本当に言われたみたいだったっ…」
 そこでふと、不安になった。どこからが夢だった?
 ハッとしてベッドの上を見るが、先程セットしたはずのテーブルがない。意識が朦朧としたのは一瞬だったように思ったのに、あの時点ですでに夢だったのか……?


「先輩、先生を呼んで来ました!」
 ジェームズが駆け込んで来て、その後に医師が続く。
「落ち着いたようですね」
 医師もやはり背が高かった。年齢はいくつぐらいなのかよく分からないが、オリーヴァと似たり寄ったりに見える。
「悪夢にうなされたんだね?」
「はい…」
「とれもリアルだった?」
「そうです」
 俺が頷くと、医師は手元のカルテに忙しくデータを書き込んだ。
「薬の副作用ですね。体格に合わせて量は減らしましたが、体質に合わなかったのかもしれません。そういった場合、実にリアルな、現実のような悪夢を見る確率が高いと、学会で報告されています」
「薬の副作用で…」
「高熱の場合に使う薬です。もう熱は下がったようだし、ちょうどそろそろ交換ですね。通常の点滴に切り替えましょう」
 医師は残り少ない点滴のパックを確認すると、後から入って来た看護師の顔をチラリと見た。看護師は小さく頷き、点滴を新しいものに交換する。


「体調はどう?熱が高かったから良くないとは思うけど、今どんな感じ?」
「体が重いです」
「頭がぼうっとするとか、記憶に曖昧なところがあるとか、そういう事は?」
「頭は多少ぼうっとしてますけど、記憶がないとか、そういうのはないと思います。ただ、あまりにリアルな夢だったのでちょっと混乱気味ではあるかと」
「それは、時間が経てば落ち着いていくから大丈夫。今もこうして話せているし心配ないと思うけど、何かあったらまた教えて下さい。それから、今日はまだ点滴だけで、食事は我慢してもらうからね」
「お粥は食べないんですか?」
 先程の記憶は副作用による夢だったと聞かされてもなんだかまだしっくり来なくて、俺はそう聞いてみた。
「そうだね、明日になって調子が良かったら、お粥と野菜のスープを出そうか」
 医師の返答に、どんなにリアルに思えてもやはりあれは夢だったのだと、俺はとりあえず納得する事にした。デジャヴのようにそっくりそのまま同じ出来事が繰り返し起きたら不安にもなるが、そうではなかったからだ。


「分かりました。ところで、親父はどうですか」
 隣のベッドで眠っている親父の事を尋ねると、医師は「大丈夫、経過は悪くないよ」とニッコリ笑って見せた。
「悪くない、って事は良くもないんですか」
「まだハッキリした事は分からないが、君のお父さんはどうやら病気があるみたいなんだ」
「やっぱり…。腫瘍か何かでしょうか」
「触診してみた感じでは、腫瘍ではないようだ。君達は我々とは血液型が違うから、すぐに血液検査を進める事ができない。幸い、異人種の異なる血液でも検査できる方法が見つかっているから、検査自体はできるが、いつもより時間がかかってしまうんだ」
「成程、そうですか。分かりました」
「脈も安定しているし、顔色もだいぶ回復した。そのうち目が覚めるはずだ。そしたら、本人の自覚症状も聞きながら病気を絞り込めるはずだ」
「はい…」
 ここがどこかは知らないが、どうやら日本でもなければ外国でもないらしいここの人達と、俺達のかかる病気が必ずしも一致するとは限らない。ここにはない病気にかかっている確率も、ゼロではないだろう。
 そんな不安が表情に出ていたのか、医師がぽんっと俺の頭に軽く手を載せた。
「大丈夫だよ、できる限りの事をするからね。あまり心配しないで、まずは君が元気にならないと」
 これはさっきも言われた言葉だよなと思いつつ、分かったと答える代わりに医師と視線を合わせた。優しく笑うそのダークグリーンの瞳の奥に嘘が隠れているようには思えず、とりあえずホッとする。


「ところで、君は年いくつ?」
「十六です」
「うん、やっぱりそれくらいだったか。どうやら体格の小さい人種みたいだから、そこまで幼くはないと思っていた」
「ここでこれくらいの体格だと、十歳児くらいなんでしょ?」
「そうだね。今日はゆっくり休んで、明日になったら食事をして、いくつか質問にも答えてもらう事になるよ。お父さんの治療の為にも必要だからね。いい?」
「はい、大丈夫です」
「うん、じゃあ今日はこれでおしまい。刑事さんがついててくれるから、何かあったら話すといいよ」
「はい、ありがとうございます」
 ペコリと頭を下げると、「礼儀正しい子だなぁ」と感心された。
「これが普通ですけど…」
「そうなのかい?じゃあ、また明日」
 医師はニコニコと明るい笑顔で出て行った。


「随分と明るいお医者さんでしたね」
 オリーヴァにそう言うと、「あまり偏屈だと国立病院には勤められないからな」と苦笑される。
「国立病院…」
「まぁ、少なくともいきなり親父さんと引き離されて変な施設に連れて行かれたりはしないから安心しろ」
「ふーん、でもデータとして必要な血液採取ぐらいはあるって事ですよね。唾液とかも取られるんですか?」
「唾液はどうだったか……」
「もしかして尿検査とかも?」
「分からない。俺達も慣れてる訳じゃないからな。そういう事は全部医者がするだろう?」
「そうですね。質問攻めにしてすみませんでした」
「いや……こちらとしては、説明する手間が省けたようだ。ハランがしっかり者のおかげで」
 どこか憮然としたようなオリーヴァの言葉に、俺は小さく吹き出してしまったのだった。

 

  ☆ ☆ ☆

 

「ノクチャ先生、どうでしたか」
 珍しい黒髪の親子の病室を出たノクチャは、静かな廊下の角で待ち構えるように立っていた若い医師に声をかけられた。
「息子の方は問題ない。父親は体力が低下し肝臓も弱っているようだが、あの薬が体に合いさえすれば回復するだろう」
「ええ、あの薬は万能薬ですからね。体質に合わないと拒否反応を起こすのが玉に瑕ですが、合いさえすれば多くの病気を治す事ができる。点滴に少しずつ混ぜて、合うかどうかを調べましょう」
「その予定だ」
「珍しい黒髪の親子、僕も早く会いたいなぁ。黒い髪と瞳なんて、見た事ありませんからね。それに、大人でも小学生みたいに小さいんですって?」
 目の前に大好きなおもちゃをぽんっと置かれた幼い子どものように瞳をきらめかせる若い医師に、ノクチャは軽く咳払いをした。
「今のところ担当医師以外は会う事を禁止されている。要するに、私だ。のぞき見しようなどとは考えないように」
「分かってますよ。だからこうして先生にお話を伺ってるんじゃないですか」
「こんな所で待ち伏せしていられる程、君は暇なのか?」
「暇ではありませんよ。ここへは無理矢理時間を作って来たんです。ではごきげんよう、ノクチャ先生」
 若い医師は慌てて両手を白衣のポケットに突っ込み、せかせかと歩いて曲がり角に消えた。
「興味深いのは分かるが、モルモットにされるのは防がなければ。あんなに素直な子が、気の毒だ」
 ノクチャの溜息は、静かに廊下の奥へと吸い込まれていった。

 

-葉蘭万丈! 第一部 終わり-

 

7.悪夢《前》

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