『さくらださくらちゃん』ではありません(晴夏さんの日常2)
晴夏の通う高校では、三年の一学期までしか部活動は続けられない。夏休み前に引退となる。
料理研究部では、三年生が引退する前に二年生から部長を、一年生から副部長を選出するようになっていたが、晴夏が入部した年は例外となった。
晴夏は、『家から近い』という理由だけでこの学校を選んだ。先生からは、良くも悪くも普通の学校ではなく、もっと上の学校を目指せと言われたが、晴夏は頑として受け入れなかった。
晴夏の父は『葛歯科』を開いている歯科医だ。元歯科衛生士の母は、今は事務の仕事をしており、なかなか家の仕事ができない。それらを引き受けているのは、父方の祖母だ。晴夏は幼い頃から、祖母の手伝いをしてきた。お陰で、中学生になった頃にはすっかり料理上手になっていて、祖母の仕事の一つである『料理』は、晴夏の担当になった。
だから、家から遠い進学校に進むつもりなど、晴夏には毛頭なかった。当然のように、徒歩十分足らずの学校に進学した。高校に通わせてもらえるだけで、親に感謝すべきだと思った。若者の貧困が進む今、進学したくてもできない子だっているのだから。
学校が近いのは、とても便利だった。一つ誤算だったのは、『生徒は必ず部活動に参加する事』という決まりがあった事だ。OBである兄が通っていた頃にはなかった決まりで、晴夏は部活に参加するつもりだってなかったのだ。
しかし、参加しなければならないのなら仕方ない。いくらでも暇な部活を選ぼうと、晴夏はいくつかに的を絞った。茶道部、美術部、放送部、料理研究部を候補に挙げた。
茶道部は、週に二日しか活動がなく、一番の有力候補だった。が、同じような考えの者は当然他にもたくさんいて、定員オーバーでくじになると聞いた為、却下した。
美術部は、それまでは参加してもしなくてもいいような活動状況だと聞いていたが、新しく赴任してきた美術教師の方針でもっと活動的になるという話を聞き、却下。
放送部は、部活と言っても委員会のようなもので、放課後の活動などは行っていないと聞いていたが、新しく顧問になった教師がコンテストの受賞経験者で、やはり活動的になると聞いた為、却下。残るは料理研究部だけとなった。
晴夏はすでに『どこへ嫁に出しても大丈夫』と祖母から言われるほどの腕前だったので、先輩達よりもずっと料理が上手かった。だから、夏休み直前、三年生が引退する前に部長を選ぶ際、まだ一年生であるにも関わらず晴夏の名が挙がったのは、当然と言えば当然の流れだったのかもしれない。
晴夏は初め断った。ただ料理の腕だけで部長を選ぶのはどうかと思ったからだ。本当は二年生の誰かが勤めるはずの仕事を、料理が上手いからというだけで、一年生である自分が取り上げてしまうのはどうかと思った。
しかし、部員達が晴夏を選んだのは、何も『料理の腕がいいから』というだけではなかった。先輩に対しては丁寧に接し、同級生達には優しく接する彼女の姿勢は好まれていたし、さっぱりとした性格はみんなから親しまれた。
料理の知識や腕があってもそれを鼻にかける事などいっさいなく、「料理ができるのはただ長くやっているからというだけの事」とキッパリ言い切る。どんなに知識があっても「そんな事も知らないの?」なんて言葉が口から出てくる事も当然なく、必要な時に必要な人にさりげなくフォローする晴夏は、部員達からの信頼を得ていた。
こうして、本来なら反対してもおかしくない二年生達が率先して晴夏を部長にと推し、誰一人異議を唱える事なく、晴夏が部長に選ばれ、二年連続で部長を務める事になった。これは、料理研究部だけでなく、校内でも異例な事だった。
晴夏は、どうせ部長を務めるならいくらでもいい部にしたいと、それまで料理する女子の姿を見ようと度々冷やかしに来ていた男子生徒達を遠ざけ、異性を目的とした入部は禁止するという決まりを作り、転部希望者や入部希望者に対して審査を設けた。
部活動には必ず参加しなければならないので、どこかの部活をやめると、どこかの部活に新しく入らなけらばならなくなる。その為、転部希望が結構多くあるのだが、運動部をやめて文化部に入ろうとする男子の中には、『女子の多い部がいい』という安易な理由で、料理研究部を希望する者も少なくなかったからだ。
定員オーバーを理由に断る事も可能だが、しかしそれだと、もしも誰か部員が退部した場合、空きができたから入部できるという事になってしまう。それならばいっそ明確な決まりを作った方がいいと判断したのだ。そして晴夏の思惑通り、女子目的で入部しようとする者の数は減った。
しかしそれは、あくまで在校生の話である。入学したての新入生は、そんな審査がある事など何も知らず、『女子が多いから』なんて理由を入部希望書に堂々と書いて提出する輩が相変わらず多い。
三年生に上がった今年も、『女子と料理したいから』なんて大真面目に書いて提出してくる男子達に、晴夏は呆れ果てていた。それでも、入部希望書には全て目を通さなければならない。副部長の凛子に手伝ってもらいながら、晴夏はつい愚痴をこぼした。
「凛子君、どうしてこの男どもはこんなにバカなんだ?!せめて『料理を覚えたいから』くらい書いたらどうなんだ!」
「でも部長、希望動機がその一文だったら落としますよね」
「それはそうだ。料研は結構人気のある部だからな。定員より希望者の方が多いから全員は入部させられないし。だけどそれでも、せめてそれくらいは書けよって思うじゃないか!」
「そうですね。まあ仕方ないんじゃないですか?うちの学校あまりレベル高くないですし、単純な人間が多いんでしょう」
「私だって休みに活動がないからっていう理由だけでこの部を選んだからあまり人の事は言えないが、しかしそれでも『女子が多いから』はけしからん!」
「部長が入部した理由って初めて聞きましたけど、確かに人のこと言えませんね」
「分かってるさ!しかし去年も男子部員は二人だけだったし、今は実質一人だけだ!今年はゼロかと思うと残念じゃないか!」
「ゼロじゃありませんよ」
吠える晴夏に、凛子は至って冷静にそう返す。
「え、ゼロじゃない?!」
「だってほら、この子がいるじゃないですか」
凛子はそう言って、晴夏に一枚の入部希望書を見せる。みっちりと書面いっぱいに、綺麗な字で丁寧に綴られた文面は、今年の入部希望者が提出した中で晴夏が一番心を打たれたものだった。
「それを書いたのは『さくらださくらちゃん』だろう!」
晴夏の言葉に、凛子は「違いますよ」と返す。
「出席番号を見て下さい、一桁です」
「何?!」
晴夏は慌てて指摘された箇所を見る。確かに一桁だ。出席番号は男子から始まり女子に続く。女子が一桁という事はあり得ないのだ。
「なんて事だ!字が綺麗だからてっきり女の子だと思ってた!」
「私も最初はそう思いました」
「しかし、男の子だとすると名前はなんて読むんだ?『さくら』ではないだろう」
「そうですね。『おう』とかじゃないですか?」
「名前を間違えたら申し訳ないから、中瀬先生に聞いてみよう」
「そこまでしなくても、入部したら自己紹介があるから分かるじゃないですか」
「いや、勝手に『おう君』と呼んでて違ってたら申し訳ない!どんな子かな、桜田君!」
「すごく嬉しそうですね」
「だって、男子にだって料理を覚えてもらいたいじゃないか!私は別に、男子が入部する事を嫌がっている訳じゃないんだ!」
「そうですね。七屋君も頑張っていますし、男子部員が増えたら彼も喜ぶでしょうね。一緒に入った村田君も、サッカー部と掛け持ちだから結局ほとんど顔出せませんし」
「怪我で休んでいた間は来れたけどね。たまには顔を出してくれたら嬉しいけど。七屋は女子部員達ばかりの中でもうまくやっているけど、それでもやっぱり男子一人は寂しいだろうと思ってたんだ。一人でも増えるなら少し安心だな。あいつは結構面倒見がいいし、きっと仲良くやるだろう」
「そうですね」
「さて、中瀬先生に報告しよう!名前も聞かないと!」
うきうきと準備室を出ていく晴夏を、凛子は微笑みながら見送った。
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『桜田桜の日常』スピンオフ『晴夏さんの日常』。
なんとなく始めた本作ですが、一年以上経ってようやく二話の更新となりました。とんでもなく遅いペースで申し訳ありません。
スピンオフとはいえ、晴夏の人物像を掘り下げる為には結構重要な作品だと感じています。
次回はいつの更新になるか分かりませんが、少しでも楽しんで頂けましたら幸いです。