桜田桜の日常
夜九時、携帯電話が鳴った。 「はい」 『桜、大丈夫か?』 父の第一声は、とても優しい声だった。それでいて少し不安そう。 「うん…ごめんなさい」 『どうして桜が謝るんだ。心配する父さん達の反対を押し切って、一人暮らしを始めた事に対する謝罪か?』 「…
「ただいまー…」 帰り着く家は無人だが、桜はいつもそう言うようにしていた。声に出す事で、一人の寂しさが紛れるからだ。 別に、寂しくて寂しくて仕方ないという訳ではない。ただ、ふとした瞬間に一人を実感して、ほんの少しだけ寂しくなるのだ。 特に今日…
「桜、そんなに緊張しなくてもいいんだよ」 ゴクリと唾を飲み込む桜に、晴夏がそう言ってくすりと笑った。 「春(しゅん)に紹介するだけでそれじゃあ、両親に会う時はカッチンコッチンになっちゃうかもしれないね」 「ご、ご両親にですか?!」 「だって、付…
調理実習室を出ると、晴夏が無言で桜の右手を握ってきた。 「せ、先輩?」 恥ずかし気もなく手を握るなんて、やっぱり弟みたいに思われてるんじゃ…という不安に駆られる桜に、晴夏は言った。 「ここの廊下、普段からひっそりしているし、帰りに待ち伏せなん…
縞衣です。 先日販売を開始したとお知らせした『桜田桜の日常2』ですが、いったん販売を停止させて頂く事にしました。 理由としましては、ネット上に作品が掲載されました時に、あの表紙では地味であると感じたからです。 自分なりには努力して描いてみたつ…
縞衣です。 九州北部地方の大雨、大変ですね。 日本は地震、大雨と災害が多く、本当に他人事だとは思えません。 大雨が降ると、平野では洪水の心配があり、山間部では土砂崩れの心配が。高台だから大丈夫、とも言い切れません。 梅雨時期は、いつどこでどん…
「桜、帰り支度はできた?」 晴夏の問いに、桜は「はい」と頷いた。 花岡はあっと言う間に完食して、食器も片付け終わった。後は帰るだけだが、桜はなんとなく中瀬先生が戻ってくるような気がして、少しそわそわしていた。 晴夏はそんな桜を見てチラリと腕時…
「校内で暴行事件未遂だって?」 語尾の跳ね上がった声に、料研顧問・中瀬は軽く首を竦めた。 「そこまで大袈裟なものでは…。本人達は、ほんの悪戯くらいの感覚だったようですし」 「だからこそ注意が必要なんだ。若者は軽い気持ちで羽目を外し、軽い気持ち…
「晴夏先輩へのクリスマスプレゼントなんだけど、どんなものをあげたら喜んでもらえると思う?」 桜は、複数の人達に同じ質問をした。 クラスの友人たちの返答はこうだった。 「そりゃ、『俺をあげます♡』ってのが一番だろ」 「晴夏先輩、『桜が16歳になった…
挨拶が終わると、花岡がツンと桜の腕を突いてきた。 「ん?」 「布巾当番って?」 「使った布巾を集めて洗う当番だよ。台拭きは手洗いしてそれぞれ台についてる布巾掛けに掛けるけど、食器用の布巾は、それぞれのグループに用意された専用のバケツに入れるん…
ポテトサラダは、砂糖を加える事でマイルドになった。 鮭のムニエルはこんがりとおいしそうに焼け、新玉ねぎとしめじのお味噌汁もおいしかった。もちろん、炊けたてのご飯も。 新じゃが、新玉ねぎと旬のものをたっぷりと使ったメニューで、とても満足できた…
桜が戻ると、グループのみんなはゆでたジャガイモをザルにあけたりゆで卵の皮を剥いたり、玉ねぎを水にさらしたりしているところだった。 「サクラ君、大丈夫?」 みんなは手を止めて、心配そうに桜を見つめる。 「はい、大丈夫です。ご心配をおかけしてすみ…
「桜、何があったの?」 少しして、晴夏が抱きしめていた腕を緩めてそう聞いた。 「あの…」 彼女の温もりにホッとして安心しきっていたが、ここは調理実習室だ。 急に恥ずかしくなり、桜は「大丈夫です」とかみ合わない返事をする。 「とてもそうは見えない…
掃除やホームルームも終わり、ようやく放課後になった。 「はあ…」 一日の間に色々な事があって、桜は知らず知らずのうちに溜息をつく。 「おい、そんな疲れた顔するなって。今日は調理実習だろ?」 そう言ってバンと背中を叩かれ、桜は顔を上げた。 「終わ…
「明治(めいじ)が浮気してるみたいなの」 「花岡君が?」 ある日の昼休み、お弁当を食べながら切り出した南(みなみ)の言葉に、友人の奈都(なつ)は首を傾げた。 「どうしてそう思うの?」 「だって、これ見てよ!」 南は、ポケットからスマホを取り出し…
五時間目は体育だ。 あんなに緊張していたのが嘘みたいに、晴夏とのランチタイムは楽しく、打ち解けていろんな話ができた。 そのせいで、ついつい次が体育だという事を忘れ、ギリギリまで裏庭で過ごしてしまったので、桜は現在、一人で体育館にある更衣室へ…
「お弁当、今日から交換する?」 「あ、いえ明日からで」 晴夏の問いに、桜はそう答えていた。 彼女と交換する事になるなんてもちろん思ってもみなかったから、今日のおかずはほとんどが昨夜の残りものだ。 ポテトサラダに豆腐入りハンバーグ、ミニトマトと…
「ほら、素敵な場所だろ?!」 晴夏は、『秘密の場所』に着くとそう言った。 そこには、大きなモクレンやイチョウの木などが植えられ、ちょこんと茶色いベンチが一つ置かれていた。 ベンチは雨風にさらされてだいぶ古び、あちこち傷がついている。 木の向こ…
「桜、お待たせ!」 四時間目が終わると、晴夏がやって来た。 その手には、チェックのハンカチに包まれたお弁当。 「なんだ桜田、彼女のお迎えか」 生徒から質問を受けてまだ教室に残っていた若い数学教師が、冷やかすように桜を見た。 「お前、モテるな」 …
縞衣です。 先程、何となくメディバンにログインしてみたところ、なんと!Amazonにて『桜田桜の日常1』が売れていました! それも、2冊もですよ! メディバンの作品ページでもいいねが貰えていたし、もう本当に感激です! やってみて本当に良かったです! …
三時間目が終わった。 挨拶が終わると、桜は教科書もしまわず、真っすぐに花岡の席へと向かう。 「さっきのどういう事?!俺、いくら考えても分からなかったんだけど!」 机に両手をついて迫る桜に、花岡が驚いた顔をした。 「サクラ、ちょっと落ち着けよ」 …
二時間目が終わると同時に、桜は席を立った。 人が来ないうちに、トイレへ行くのだ。 廊下に沢山の野次馬がいる状態では、用足しの一つも行きづらい。 急いでトイレに入ると、まだ誰もおらず、桜はホッと胸をなで下ろした。 用を足し、手を洗って出ようとし…
一方晴夏は、桜と別れた後、ドキドキが止まらずにいた。 (ああっ…!どうしよう、まさか彼から手を繋いでくれるなんて…!) 自分からはさんざんアピールしたし、それは平気なのだ。 ドキドキはするけれど、赤くなったり照れたり恥ずかしがったりする桜の反応…
晴夏先輩と別れた桜は、教室へ向かった。 すでに授業が始まっているから、校内はしんとしている。 教室のある廊下まで来ると、先生の声が響いていた。 少し緊張しながら、教室の後ろの戸をそろっと開ける。 静かに開けたはずなのに、一斉にクラスメイトの視…
(何を考えてるんだよ部長!) 桜は走りながら、困惑していた。 もう始業が近いせいで、大勢の生徒とすれ違う。 その度に生徒達は、猛ダッシュで逆走する桜を何事だろうかと見やる。 生徒玄関へさしかかり、人の数がさらに増えたが、桜は構わず突っ切った。 …
今日はいよいよ調理実習だ。 食材は昨日の内に買い調理実習室の冷蔵庫に入れているから、当日に学校へ持って行く物はエプロンくらいだ。 桜が登校すると、花岡が嬉しそうに駆け寄ってきた。 「おっすサクラ!なぁ、今日調理実習なんだろ?何時頃に終わる?」…
みんなで行ったのは、学校近くのファミリーレストラン。 近くに高校があるせいか、学割サービスもあり、値段も手頃で人気の店だそうだ。 他のクラスのメンバーもいる為、全部で八人。 四人掛けの席二つを、案内してくれた店員さんがくっつけようとしてくれた…
料理研究部のDKが主人公『桜田桜の日常』第七話。
部長から解放された桜は、体育館へ向かった。 花岡に、預かった入部希望書を渡す為だ。 いつもより遅い時間になり、ちょうどバスケ部も練習を終える頃だった。 体育館から部員がぞろぞろと出てくるのに出くわし、桜は花岡の姿を探す。「どうしたの、何か用?…
「そんなに怖がらないでよ、サクラ君」 部長が、クスッと笑って桜(さく)を見下ろす。 桜の身長は、百六十五センチ。 部長はと言うと、数センチほど桜より背が高い。 多分、百六十八か、九くらいだろう。 身長でも負けているなんて、腹立たしい事しかない。…