怒りのパワーじゃ角が立つ(桜田桜の日常21)
桜が戻ると、グループのみんなはゆでたジャガイモをザルにあけたりゆで卵の皮を剥いたり、玉ねぎを水にさらしたりしているところだった。
「サクラ君、大丈夫?」
みんなは手を止めて、心配そうに桜を見つめる。
「はい、大丈夫です。ご心配をおかけしてすみませんでした」
「ううん、同じ班なのに気を遣ってあげなくてごめんね。少し遅いとは思ったけど、ホームルームが少し長引いたぐらいにしか思わなくて」
「俺のクラス、いつも最後ですからね」
「でしょ。だから特に何も考えずに、普通に準備進めちゃってたわ」
「ごめんね」
先輩方が口々に謝ってくれるので、桜は「こちらこそすみませんでした」と頭を下げた。
「で?」
手を洗いエプロンをつけた桜に、七屋先輩が低い声で問う。
「一体何があった?どこのどいつだお前を苛めようなんて不届き千万なやつは」
誰だか分かれば仕返ししてやる、といった体(てい)の七屋先輩に、桜は「知らない人だったので…」と言葉を濁す。
本当に知らないし、仮に知っていたとしても黙っていた方が良さそうだ。
「サクラ君、色白だし細いしお化粧したら多分女の子と間違われるくらい美人だから、気をつけなきゃダメよ!」
三年生の一人がそんな事を言い出し、桜は「ええっ?!」と両目を見開く。美人だなんて、初めて言われた。
「今まで、女の子と間違われて口説かれた事とかないの?」
「ありませんよそんなの!」
「ふーん」
「て言うか、女の子には見えないでしょ?俺、結構筋肉もついてますよ?」
「あー、それでちょっと胸あるっぽく見えるんだね」
「んなっ?!」
「お尻もぷりんぷりんだしね」
「そ、それはコンプレックスで…!」
兄から『お前の栄養、身長より尻にいってるみたいだな』なんて冗談交じりに言われたりするから、もう本当に嫌なのだ。
「て言うか先輩、今のはセクハラっすよ?」
七屋先輩が苦笑交じりに言った時、背後で咳ばらいが響いた。
「あ、部長」
「君たち、さっきからおしゃべりばかりで調理が進んでないようだけど?早くジャガイモを潰さなくていいのかな?」
「皮は剥いたんで、いつでも潰せますよ。サクラ、早く塩コショウしないと味がなじまない。さっきお前を苛めたやつをやっつけるつもりでジャガイモを潰せ」
「あの、俺一応さっきの人はやっつけましたけど」
「なんだ、自慢の脚で逃げて来たんじゃないのか」
「一応、のしてから逃げました。ところで何ですか、自慢の脚って。友達からも言われましたけど」
「サクラ君、今朝部長と追いかけっこしたでしょ?『めっちゃ脚速かった!』って評判になってるんだよ」
「そうなんですか?」
「ちなみに、部長とサクラ君を追いかけて走ってた野次馬たちは、鬼先生につかまって指導を受けたって」
「ええっ?!」
鬼先生は、生徒指導担当の鬼のように厳しいと言われている先生だ。桜はまだ今のところ注意を受けた事はないが、まさかそんな事になっていたとは。
「桜。その話は後でいいから、早くジャガイモを潰して塩コショウしちゃいなさい。七屋の言う通り、冷めてからじゃ味がなじみにくい」
「はい、すみません!」
七屋先輩から受け取ったすりこぎでガンガン芋を潰し始めると、晴夏がぽつりと言った。
「桜、やっぱり彼らのこと怒ってるんだね」
「潰し方が尋常じゃないですよね。怒りをぶつけろって言いはしたけど」
「そんな怒りのパワーで作った料理じゃ、味に角が立ちそうだな」
「じゃあ俺の失言か。サクラ、恨みは忘れて…」
「恨んでないし怒ってません!」
早くしないと味がなじまないって言われたから、ただ急いでるだけです!
しかし急ぐと言うより慌ててしまっていたようで、桜は塩コショウをかけ過ぎた。
「見事に味がとがったな」
「すみません…」
「大丈夫だよ、これくらいなら砂糖で緩和できるから。ヨーグルトを加えてもマイルドになるよね。酸味も出るし」
「あ、そんなレシピありました!」
「確かサクラ君のノートでは、オリーブオイルを先に混ぜるんだったよね。そうする事で味も良くなるしマヨネーズの量が減らせるって」
「はい!」
「脂肪、気になるの?」
「それ以上お尻が大きくならないように?」
「違っ…わないけどやめて下さい!」
桜のミスを責める人は誰もいなかったけれど、そのかわりこの後もたっぷりからかわれたのだった。