色気より食い気 (桜田桜の日常8)
みんなで行ったのは、学校近くのファミリーレストラン。
近くに高校があるせいか、学割サービスもあり、値段も手頃で人気の店だそうだ。
他のクラスのメンバーもいる為、全部で八人。
四人掛けの席二つを、案内してくれた店員さんがくっつけようとしてくれたので、断って自分達でつけ、通路側に座ったメンバーがセルフの水を取りに行く。
その間、桜はさっそくメニューを開いた。
「サクラ、腹減ってたんだ?」
「いや、腹も減ってるけど、どんなメニューがあるのかと思って」
ファミリーレストランにあるようなメニューなら、自分でも作れるかもしれない。
こういう機会にしっかり勉強しなければ。
唐揚げ定食やカレーうどん定食、かつ丼定食、親子丼定食などあり、どれにするか少し迷って、唐揚げ定食に決めた。
自分の作る唐揚げとどの辺が違うのか、研究するのだ。
食事を待つ間、正面に座った知らない生徒が声をかけてきた。
「サクラってさ、料理上手いんだろ?」
「上手くないよ。えっと…」
「あ、俺、A組の星川(ほしかわ)。よろしく」
「俺は桜田桜。よろしく」
桜はD組だ。A組は体育も一緒にならないし、こんな事でもなければ知り合わなかったかもしれない。
「花岡達から、すごい料理上手いって聞いたけど」
「すごい上手くなんかない。まだ初心者だよ」
「え、でも揚げ物とか作れるんだろ?それじゃあ初心者とは言わなくないか?」
「いや、まだ始めて日が浅いんだから、立派に初心者だろ」
「立派に初心者?初心者なのに立派なんだ?」
「いや、そこはただの言葉の綾」
桜がそう言うと、なぜか星川は「やば、サクラ面白い」と笑い始めた。
「面白いって、何が?」
別に、いたって普通の会話だったと思うが。
星川は笑っているだけなので何がおかしいのかは謎だったが、楽しそうならまぁいいかと、桜も一緒に笑う。
「ところでさ、サクラって料研なんだろ?なんか、すごい美人がいるって聞いたんだけど」
星川の言葉に、他の生徒も身を乗り出した。
「それ俺も聞いた!部長が超美人だって?!」
「マジ?!料理できて美人とか、マジ最高!その人マジ見てみてぇ!」
マジマジと繰り返されて若干耳障りだった桜は、「美人だけど変わってるよ」と静かに言った。
「変わってるってどんな風に?」
「うーん。まず、話し方が変わってる。少女漫画に出て来る王子様みたいな、キザな感じ」
「少女マンガの王子様って、どんな感じ?」
「少女マンガ読まないから、分かんないな~」
「て言うか、サクラちゃんは少女マンガ読むんだ?ふーん」
途端に両隣に座った花岡と桑尾がニヤニヤして絡んでくるので、桜は軽く二人を睨んだ。
「妹が『面白いんだよ、読んでみて!』って言ってくるからだよ!別に、俺の趣味なわけじゃないからな!」
「じゃ、面白くないのに我慢して読んでんだ?」
桑尾に問われ、桜は言葉に詰まった。
それを見て、桑尾と花岡は「面白いんだろ~」と両側から頬をつついてくる。
「やめろよ!」
示し合わせたわけでもないのに、この二人はどうしてこんなに息がピッタリなんだ?!
もともと、性格が似ているのだろうか。
「悪かったな、面白いものは面白いんだよ!」
やけになった桜に、「いや、別にいいんじゃね?」と桑尾が言った。
「少女マンガ読んでるなんてキモい~とか思わないから、安心しろよ」
「あっそ…」
優しい言葉をかけられてちょっと照れている桜に、花岡が聞く。
「で、王子様みたいな話し方ってどんな?」
「キザな話し方だよ。『君はどう思うのかな?』みたいな」
部長の声色を真似ると、みんなが面白がってもう一回やれと言う。
「嫌だよ、何回も言えるか。部長の話は終わりだ終わり」
話を打ち切ろうとする桜に、両側の二人は敏感に反応した。
「もしかして。サクラ、その部長が好きとか?」
桑尾の言葉を、桜は即座に否定する。
「いや、ないから。確かに美人でナイスバディで髪も綺麗だけど、あの性格だからない」
あんな、『窓ドン』だとか言ってこちらを見下ろし背が低い事をからかうような、『口説いてる』なんて言っておちょくってくるような人、お断りだ。
桜は本気でそう思っていたが、回りのメンバー達は、そうは思っていないようだった。
「美人でナイスバディで、髪も綺麗?そこまで言っておいて『ない』はないでしょ」
「うん、ない。て言うか、そこまで完璧なら話し方がキザなくらい許す」
「俺も!ナイスバディなんだろ?だったら多少の事は大目に見るわ~」
そう言う者もいれば、
「俺はサクラと同感かな。いくら美人でも、性格が難ありだったらキツいぜ?顔は普通でも、性格いい子の方がいい」
「美人なのに話し方キザって、イメージ壊れるよな」
ガッカリした様子の者もいた。
すっかり盛り上がる彼らを見ていた桑尾が、こっそりと桜に耳打ちする。
「俺は、サクラが好きなら多少変わり者でもいいと思う。でも、二股掛けとかするような女だったら、やめとけよ」
それは花岡にも聞こえたらしく、「俺も同意見」と腕組みして言う。
「入部希望書も手に入れたし、サクラちゃんに相応しいかどうか、俺が見定めてやろう。フッフッフ」
「何言ってんだよ。お前は俺の親か」
桑尾も花岡も心配してくれているのだという事はよく分かるが、ここまで言われるとやっぱり照れる。
数年来の親友ならまだしも…まだ出会って一ヶ月だ。
照れも倍増というものだ。
「親じゃないけど、兄貴みたいな?サクラって、多分早生まれだろ?俺は四月二日生まれだから、あと一日早かったら俺は先輩だった」
「マジ?!俺は五月二日だぜ!ちょうど一月、花が兄貴かよ!」
「おー、そうか!て言うか俺、そういう意味ではうちの学年全員の兄貴だぜ?」
「確かに!何せ四月二日だもんな!」
誕生日で盛り上がる二人に挟まれ、桜はなるべく邪魔にならないよう、極力シートに体を寄せた。
話しにくいだろうというのも勿論あったが、桜は確かに早生まれなので、それを隠したかった。
もしバレれば、弟ポジションとして、ずっとからかわれるかもしれない。
(このまま俺には話を振るなよ)
そんな桜の願いが通じたのか、ちょうど料理が運ばれてきた。
(ナイス、店員さん!)
桜は、心の中でガッツポーズした。
これで話が途切れるし、腹も満たされる!
人気店の味を、しっかり覚えなければ。
料理を見て目をキラキラさせる桜を見て、花岡が言った。
「桑尾、俺らの心配は無用かも」
「だな。色気より食い気、女より飯の方が勝ってるもんな」