ガッカリと照れちゃう(桜田桜の日常17)
「お弁当、今日から交換する?」
「あ、いえ明日からで」
晴夏の問いに、桜はそう答えていた。
彼女と交換する事になるなんてもちろん思ってもみなかったから、今日のおかずはほとんどが昨夜の残りものだ。
ポテトサラダに豆腐入りハンバーグ、ミニトマトと梅干ご飯。
栄養はそんなに偏っていないつもりだが、彼女と交換するなら、ちゃんと朝から作ったものにしたい。
しかし晴夏は、そんな桜の心の中をまるで見透かしたように、「朝から作った物でなくてもいいんだ」と言った。
「えっ」
「毎朝全部作るのは大変だよ。私も、前日にたくさん作って弁当用によけてるよ。お互い様だから気にしないで」
「…ほんとですか?」
気を遣ってそんな事を言っているのでは、と疑いの目を向ける桜に、晴夏はくすっと笑い声を上げる。
「桜は真面目だね。そんな事、気にしなくてもいいのに」
「そうはいきませんよ」
軽く突き出された桜の唇に、晴夏がすっと指先を近づける。
「な、何ですか」
「そんな、逃げなくてもいいじゃない」
「先輩が言ったんじゃないですか。隙を見せるなって…」
「それもそうか。でも、私はもう君の彼女だから、隙を見せてくれていいんだよ。むしろその方がいいかな」
「な、からかうのはやめて下さい」
「からかってないんだけどね」
晴夏は笑って、弁当の包みを開ける。
「明日からがいいなら、明日からにしよう」
「はい。今日はまだ心の準備が…」
「ふふ、桜は素直だね。誰かと駆け引きとかした事あるの?」
「駆け引き…ですか?そういうのは苦手で…」
「やっぱりね。真っ直ぐだもんね、いつも」
よしよしと頭をなでられ、桜はカァッと全身が熱くなる。
それなのに彼女の手を振り払えず、大人しくされるがままにしてしまった。
「ありがと、隙を見せてくれて」
笑い交じりにそう言われて、今度こそからかわれているのだと、桜は軽く晴夏の顔を睨む。
「そんな赤い顔で睨まれても、ちっとも怖くないんだけどね」
「…っ」
お昼に誘ってくれた時などはあんなに優しく微笑んで女性らしいと思えたのに、勝気な顔でこういう事を言ってくるところは、やはり王子様みたいでなんだか恥ずかしい。
(王子様キャラの先輩から告白されてOKしちゃうなんて…俺って実はそういう趣味だったのかな)
だから少女マンガも好きなのかもしれない。
(俺…女の子っぽい?)
軽く落ち込みかける桜の髪を、晴夏が指でいじる。
何をしているのだろうと思ったら、髪の束を指先で挟んでくるくるとねじっているようだ。
「何してるんですか?」
「ん、光に当たったところが茶色く光ってきれいだから」
「俺の髪って、少し明るめだから…。先輩の髪は綺麗な黒でいいですね」
「そう?私は逆に、少しぐらい明るい色が良かったな。髪が黒いせいで、ますますきつい印象になってる気がするし」
「俺は黒い方が良かったです」
「桜は可愛いもんねぇ。目も大きいし、唇もふっくらしてるし。私なんかよりずっと女顔だよね」
「…嬉しくないです」
「私の場合、いつも兄貴と似てるって言われるから、もう少し女っぽい顔が良かったんだ。女の子にモテても仕方ないしね。ま、だからって男にモテても嬉しくないんだけどさ。痴漢とかされると腹立つし」
「痴漢…」
「この髪、その為に伸ばしてるんだよ。長い髪を下ろしていたら、体も触りにくいだろ?首も隠せるし」
「え、そんな理由だったんですか?!」
驚いて目を見開く桜に、晴夏は楽しそうに笑う。
「ほら、戦国武将も戦の時は髪を下ろしてるだろ?あれって確か、首を守る為だったと思うんだよね。ヒッタイト人が髪を伸ばしているのも、確か同じ理由だったはずだ」
「ヒッタイト…って、中学の歴史じゃ出てきませんよね確か」
「私も詳しく知ってる訳じゃないけどね」
晴夏は桜の髪をすうっとすくようにして指を放し、「お弁当食べようか」と言った。
「例のグループも、来ないようだし」
「もしかして、それを気にしてくれていたんですか?」
「多少はね。一番は、桜と二人きりで話せて嬉しいんだ。本当はちゅうしたいくらいだよ」
随分と大胆な言葉を口にする彼女に、桜の顔は再び真っ赤になった。
「そういう事を言わなければいいのに…」
「だって本当の事だし。嫌われたくないし、さすがに付き合い始めた日からそんな事して軽い奴だと思われたくないからやめるけど」
「口にしたら一緒じゃないですかっ」
「嬉しくて、つい。本当は私、男に生まれた方が良かったんじゃないかって思った事もあるんだ。だけどこうして桜と付き合える事になって、あぁ女で良かったって思ってるよ」
「それは…良かったです」
他にどう反応していいか分からずそう言った桜の言葉に、晴夏は嬉しそうにニッコリした。
「うん。だからありがとう桜」
「いえ…」
「そういう訳だから、たまに隙を見せてくれたらいいな」
「そういう訳って、どういう訳でですかっ?!ますます見せられません!」
「えー。だって恋人だよ?キスくらいいいじゃない」
「ダメですっ!そんな下心丸出しなんて…ガッカリするじゃないですか」
「ガッカリじゃなくて、照れちゃうの間違いじゃないの。そんな真っ赤な顔しちゃって。ふふ、可愛いなあ私の桜は」
「なっ…」
「さ、お弁当食べようか。いただきまーす」
言いたいだけ言ってお弁当を食べ始める晴夏に、桜は小さく溜息をつきつつも、それ以上は何も言わなかった。
(先輩が意外と男子にモテない理由が分かった…)
こんな調子で会話していたら、完全に友人としか思われないだろう。
(そんな先輩を好きになった俺って…やっぱりちょっと変わってるのかな)
女の人らしいところもちゃんとあるのに、と桜は晴夏の横顔をこっそりと見つめてから、お弁当を食べ始めたのだった。