花岡初参加(桜田桜の日常22)
ポテトサラダは、砂糖を加える事でマイルドになった。
鮭のムニエルはこんがりとおいしそうに焼け、新玉ねぎとしめじのお味噌汁もおいしかった。もちろん、炊けたてのご飯も。
新じゃが、新玉ねぎと旬のものをたっぷりと使ったメニューで、とても満足できた。
今日は花岡が来る事になっていたが、みんなで食べる5時過ぎには間に合わず、片付けまで終わる頃にドタバタとやって来た。
「すみません遅くなりましたー!」
花岡の派手な登場に、何も知らない部員達が驚いた表情で一斉に彼を見る。
「え、誰?」
「結構イケメン!」
「男子の新入部員?!」
女子達が一斉に瞳を輝かせる。
「花岡は彼女いるんですよ!」
桜は、とっさにそう言っていた。
「えー彼女いるんだ」
「なーんだ、残念」
途端に上がる声に、晴夏が咳払いする。
「君たち。異性を目的としちゃダメなはずだろ?」
「それは入部する時の話でしょー?」
「部長だってサクラ君つかまえちゃったんだしー!」
からかわれて桜は真っ赤になったが、晴夏はさすがと言うべきか、さらりとかわす。
「部活中にイチャイチャしないなら、恋愛は禁止しないよ」
ふっ、と笑んだ表情がまさしく王子様で、「きゃー!」と黄色い声が上がる。
「それより、紹介しないとね。新入部員の花岡明治君だ。兼部だからなかなか来れないけどみんなよろしく。花岡、こっち来て挨拶して」
晴夏に手招きされ前に立った花岡は、にこやかに挨拶する。
「ご紹介にあずかりました花岡明治です。バスケ部との兼部です。なかなか来れないかもしれませんが、よろしくお願いします!」
「よろしくー」
パチパチと拍手で歓迎され、花岡は嬉しそうだ。
「ところで花岡、廊下にいる彼らは?」
晴夏がそう言って廊下にくいっと親指を向ける。
その先には、興味津々でガラス窓からのぞく複数の顔が。
「あー。野次馬ですみません。迷惑になるからやめろって言ったんですけど、やっぱ来たみたいです」
「まさか…」
晴夏は表情を険しくし、つかつかと入口へ向かう。
彼らが慌てて離れた直後、晴夏はガラッ!と大きな音を立てて戸を開いた。
「君たち、見学したいの?」
「いっ、いえっ!」
目の前に現れた美女に、彼らは顔を真っ赤にさせてしどろもどろだ。
桜はなんとなく面白くなくて、気がつくと唇がぐっと突き出されていた。
「ジェラシーだ」
先輩達がくすくす笑いながら小声で言ってきて、桜は慌てて唇を口の内側に丸め込む。
「赤くなっちゃってかーわいー」
「!やめて下さい」
「ほんとうぶだよなぁ、お前」
よくフォローを入れてくれる七屋先輩まで、そう言って笑う。
「な、俺も手伝う」
花岡は当然のように桜のところへやって来て、桜が手にしていたボールと布巾を取り上げた。
「よろしくお願いしまーす」
グループのメンバーに愛想を振りまく事も忘れない。
「お前、ちゃんと手洗った?」
桜の問いに、花岡はもちろん、と頷いた。
「あの入口のそばの手洗い場で洗ってるの、見てなかった?」
「うん」
「そりゃあね、彼女を見る男どもの顔が真っ赤っかだからそっちに全意識がいってるもんねー」
「それもそうっすね」
先輩の言葉にあっさり頷く花岡の脚を、桜は軽く蹴りつけた。
「いてっ!なんだよ」
「ちょっとは否定しろよっ」
「なんで?事実じゃん。まぁ、晴夏先輩はかわいいサクラちゃんしか見えてないから心配はいらないけどな~」
「…っ」
「かっわいー。サクラちゃんが女の子だったら彼女にしたかった」
「お前彼女いるだろ!」
「そーなんだよなー。南の事も好きだし、やっぱりサクラちゃん男で良かったわ」
軽口をたたく花岡と桜の会話に、先輩達が面白そうに笑う。
(…とりあえず馴染めそうで良かった)
正直、掛け持ちでほとんど来れない部員となると歓迎されないのでは、と桜は少し不安だったのだ。
みんないい人達だから大丈夫だろうとは思ったけれど、ほんの少しだけ。
「ところでサクラちゃん、ここに用意されてるのって、もしかして俺の分?」
きれいに拭かれた食器やボールから離れ、台の隅に置かれた食事を指差し花岡が問う。
「友達が見学に来るからって、サクラがよけておいたんだ」
七屋先輩の言葉に、花岡は「えっ!」と驚き声を上げた。
「すみません、ありがとうございます!俺、材料費出してないのに!」
「大丈夫、どうせ余ってたの。新じゃがも新玉ねぎも今が旬で安かったから、ちょっと多く買っちゃってて。いつもは大食い七屋が余りは全部食べるんだけど、それでも多かったから」
「ほんとっすか?」
「ほんとだよ。それに、鮭はサクラが自分のを取り分けたから俺らには全く負担はない。安心しろ」
「そうっすか、ありがとうございます。いただきます」
「いーえー」
「サクラちゃんもサンキュ!後で牛乳奢る!」
ニコニコ顔でとんっと桜に軽く体をぶつける花岡に、七屋先輩が「ジュースじゃなくて牛乳なんだ」とツッコミを入れる。
「だってサクラちゃん、背伸ばしたいそうなんで。砂糖たっぷりのジュースより、カルシウムたっぷりの牛乳がいいよな!」
「う、うん。ありがと」
「どーいたしましてー。ところでこのボールとか食器ってどこにしまうんすか?」
「ボールはここで、食器は向こうの棚よ」
先輩が、作業台の戸をガラリと開けながら言った。上は作業スペース、中は収納になっている。
「じゃ、食器しまう場所教えるから一緒に来いよ」
「はい!」
食器を手に、七屋先輩と一緒に後ろにある食器棚へと向かう花岡をなんとなく見ていると、
「明るくていい子ね」
先輩がニッコリ笑ってくれて、桜は嬉しくなった。
「はい。すぐに馴染めそうで良かったです」
「グループはどこに振り分けるんだろ」
「とりあえずうちじゃない?」
「そうね。滅多に来れないって話だったし、サクラ君と同じグループにした方が何かと良さそうだしね」
「後で部長に聞いてみます」
「おっ、ちゃんと公私分けて偉ーい」
「偉くないです…部長は部長だし」
「それはそうだけど、ちゃんと公私区別できるのは偉いと思うよ」
「そうね。ところで、その部長はずっと彼らと話してるけどどうしたのかな」
先輩の言う通り、晴夏は実習室を出て、廊下で彼らと何やら話している。
絡まれている…訳では当然ないだろうから、何かお説教でも?
(でも、怒るほどの事でもないような…)
もしかすると、そういう(部活をのぞき見する)男子が増えると困るから、厳しく対するようにしているのだろうか。
(有り得るな…後で聞いてもいいかな)
片付けが終わった頃、晴夏が戻って来た。
「話が長引いて申し訳ない。みんな終わったようなので、これで終わります。布巾当番の人は洗濯をよろしく。お疲れ様でした!」
「お疲れ様でしたー」
こうして、今日の調理実習も無事に終わった。
朝からいろいろな事があったせいで、とても長い一日に思えたけれど、調理実習はやっぱりとても楽しくてやりがいがあって、本当にあっという間の出来事だった。
家に帰ったら今日のレポートをまとめて、数学の宿題と英語の予習を頑張ろう、と計画を立てて、桜はふとほんの二時間程前の出来事を思い出す。
嫌な目に遭った事よりも、晴夏の腕に抱きしめられた事を思い出して、桜はかあっと頬が熱くなった。
(あれ、皆に見られてたんだよな…)
改めてそう思うと、とても恥ずかしい。
そんな桜の心中を察してだろう、その事には一言も触れなかった先輩達に、桜は心の中でお礼を言った。
その代わりにたっぷりからかわれた事もすっかり忘れている桜は、かなりのお人よしかもしれない。