縞衣の小説ブログ

縞衣(しまころも)の創作小説サイトです。

2.彼女募集中?(猫のほっぺと僕の日常)

 ほっぺがうちに来て、もう五年になる。
 僕は恋人もつくらずに、ずっとほっぺと一緒だ。
 ――なんて言うと、まるで意図してつくらなかったようだが、実際は違う。相手がいなかったのだ。「あ、あの子いいな」と思う子にはすでに相手がいるのが常で、恋が始まる前に終わってしまう。相手がいると分かった時点で、トキメキは一瞬にして霧散するからだ。この間、テレビのニュースで『日本の最近の若者は失敗を恐れがちで、恋愛にも臆病』と言っていたが、僕の場合、それ以前の問題なのだ。


 ほっぺがいれば幸せだからそれでいいや、と思ってしまうのも、きっと問題だ。僕自身はそれでいいが、最近、母が「彼女できた?」と聞いてくるようになったし、どうにかしないといけないのかな、とは思うようになった。兄が結婚しているから僕はゆっくりでもいいだろう、とも思うが、そうもいかないのが親心らしい。


 しかし、恋人をつくるというのはなかなか難しい。
 ペットがほしいのなら、ペットショップへ行くなり、捨て犬や捨て猫を拾うなりすればいいが、恋人となるとそうはいかない。歩くだけで注目を浴び、女性の方が放っておかないようなイケメンなら相手にも困らないのかもしれないが、僕は至って普通の地味な男だ。告白さえされた事がなく、彼女いない歴は年齢と同じ。肉体だけのお付き合いをする相手もいないから、そっちの経験もない。
 僕自身は、それらをあまり気にしてはいない。が、周りはそうではないらしい。友人たちは何かにつけてその事をからかってくるし、なぜか職場でもそれは周知の事実になっている。恥ずかしいが広まってしまったものは仕方がない。


「合コンとか行かないの?」
 家族に心配されるけどどうしたらいいか分からない、とそれとなく相談してみた僕に、職場の先輩である弓(ゆみ)さんはそう言った。
 ちなみに、弓さんは下の名前ではなく名字である。四十代の彼女は既婚者で、お子さんはもう大学生だ。僕と大して変わらない年齢の息子さんがいる彼女には母親のような親近感があり、たまにこうしてプライベートな事を相談している。


「行った事はあるんですけど、お酒入ってノリノリな女の子たちを見ると引いちゃうって言うか…」
「あー、成程ね」
「それに、合コンって大抵イケメンが呼ばれて来るでしょ。そしたらもう、僕みたいなジミメンは興味持たれませんよ」
「そうかなー。ミナ君、ここでも結構モテてるけど」
「そんな、お世辞言ってくれなくてもいいのに。告白だってされた事ないですよ」
「それはね、職場みたいな割と閉鎖的なところで正面切って『好きです!』とは言いにくいわよ。振られちゃったら顔合わせづらいもの。だからアプローチする時は、かわされても大丈夫なように少し遠まわしにいくから」


「遠まわし?ってどんな感じですか?」
「そうねー。例えばミナ君相手にだったら、『今度、ほっぺ君に会わせてほしいなー』とか」
「それって、モテてるのは僕じゃなくてほっぺですよね」
「違う違う。ほっぺ君をだしにしてミナ君の家に行って、あわよくば甘いムードになってキスとかその先に進めたらいいなー、って下心が丸見えじゃない」
「……そうなんですか?」
「そうよ。でなきゃ普通、異性の家に行きたいなんて簡単に言わないでしょ」
「実際ほっぺに会いたいとは言われた事ありますけど、僕が男として認識されてないから平気で言うんだと思ってました。前に、休憩室で女の子たちが『自分のこと僕って言う男マジありえなーい』とか言ってるの聞いた事あるし」
 それって男として見れないって事でしょ、と言うと、弓さんは「それもあるだろうけど」と僕を見た。


「女心って複雑だから、ミナ君に意識させたくてわざとそんなこと言ったって可能性もあるわよ」
「そういうものですか?」
「そういうものよ。男だって、好きな子にわざと意地悪したりするじゃない。それと同じよ」
「うーん…。よく考えてみるとろくに恋もした事ないんで、よく分かりません」


 小学生の時に好きだった子にはあっさり振られた。そして、僕が好きだと言った事実さえないものとされたかのような、以前と全く変わらない態度の彼女に、僕はガッカリしたようなホッとしたような複雑な心境だったけど、あまりに何も変わらないから、それが普通になってしまった。
 ちなみに、僕が好きだった子は近所に住む幼馴染みで、小学二年生ぐらいの時に告白したんだったと思う。勇気を出して『好き』と言ったのに、『あたしもミオのこと好き。ずっと友達でいよ』と返されてしまった。そして本当に、現在も友達だ。今となってはただの幼馴染みであり友人であって、二人きりで部屋にいたとしても何事も起こらないような関係だ。特に向こうは、僕を男だとは思っていない。


 それ以降好きになった子はほとんどおらず、告白する前に他の男子を好きだという事が分かって失恋したり、なんとなくいいなぁと思ったらすでに相手がいるというお決まりのパターンで、僕にモテキが到来する事はなく今日まで来た。だからもちろん、恋の駆け引きなんて高度な事はできるはずがないし、アプローチのかけ方さえ分からない。


「ミナ君は確かに顔は普通だけど、どことなくほんのりセクシーなのが年上受けすると思うんだけどなぁ」
 弓さんの言葉に、僕は動きを止めた――と言うより、固まってしまった。
 セクシーだなんて、今まで一度たりとも言われた事がない。弓さん、いくら慰めるためとはいえ、ちょっと、いやかなりビックリだ。
「なんか今僕、聞き間違いしたみたいです」
 結果的にそう結論づけた僕に、弓さんは「違うわよ」と溜息まじりに言う。


「ミナ君はどうしてそんなに自信がないのかなぁ? ちゃんとセクシーだったら。それも色気バリバリじゃなくて上品なセクシーさだから、そういう子が好きな年上の女性にモテるわよって言ったのよ」
「え、いやでもそんなまさか」
「ミナ君の色っぽさが分からないのは若い証拠ね。要するに、私から言わせれば見る目がないの。だから気にする必要ないわよ、そんな子たちの言う事なんか」
「え、でも、一体僕のどこに色気があるのかさっぱり分かりませんけど」
「どこに? そうね、雰囲気かな。いかにも草食系男子って感じなんだけど、ほわんとした柔らかい雰囲気の中に、ほんのり甘さがある感じかな」
「へ、へー。そうなんだ」


 えらい褒め言葉だ。弓さんはさすが大人だ、僕みたいなパッとしない男にも、そんな言葉をかけてくれるんだから。
 お世辞だとしても嬉しくて、僕は照れくさいやら恥ずかしいやらで顔が熱くなる。
「あら可愛い。ほっぺなでなでしてあげたくなっちゃうわ」
 にっこり笑う弓さんに、僕はさらに赤くなった。多分、息子さんと大して変わらない年齢の僕は、彼女にとっては子どもみたいな存在なんだろう。赤ちゃん扱いされているみたいだ。


「あれー、ミナさんどうしたんですか。顔真っ赤っすよ」
 まだ入社二年目である僕の数少ない後輩の一人、青木君の声がして視線を向けると、彼は手にした小さなはたきをクルクル回しながら、僕たちのいるカウンターへと近づいて来た。
 勤務中にも関わらず僕と弓さんが喋っていられたのは、お客さんがいないからだ。僕が勤める家電量販店の平日の昼間は、割とこんな感じの日が多い。土日祝日のお客さんの多さとは大違いで、閑古鳥が鳴いている。


 しかし仕事がない訳ではない。商品の価格変更が結構多く、その度に新しく値札を印刷してカットし、売り場に貼るという作業が必要になる。だから僕たちはハサミを手に、口だけではなくちゃんと手も動かしていた。暇な時間にいくらでも進めておかないと、急にお客さんが増えてそちらに手が回らなくなったら、残業する羽目になってしまう。が、このカットする作業は延々と続くが故に、会話でもしていないとすぐに飽きてしまうという難点があった。大物商品のプライスはA4用紙にバーンと印刷するからいちいちカットなんて必要ないが、小物商品は細々と数が多いので、用紙にして数十枚という量を切らなければならない。そして、場合によってはラミネートも必要になる。従業員が多ければ皆で一斉にやる事も可能かもしれないが、人手は決して多くはないのだ。


「プライス多くて大変っすね。俺も手伝います?」
「いいわよー、あまりカウンターに集まってると店長から怒られるもの」
「でも、お客さんマジでいないっすよ。さっきテレビの前に一人いて接客したけど、『まだ下見だし家族と相談しないと』って帰っちゃったし」
「テレビじゃあね、ご家族がいるならますます即決はできないわよね」
「今度の日曜に来るって言ってたから名刺渡したけど、俺今日一件も売上ないんですよ」
「仕方ないわね。それじゃ、カット手伝いながらレジ打ちやったら」
「ありがとうございます!」
 嬉々としてカウンターに入って来た青木君は、僕の隣に立つと「大丈夫ですか?」と少しだけ腰を屈めてわずかに顔を近づける。身長がギリギリ170㎝の僕と違い、青木君は180はあるはずだ。


「大丈夫って、何が?」
「顔、めっちゃ赤かったですけど。熱でもあるんじゃね?」
 ぬっと伸びた大きな手が、僕の額に触れる。
「うーん、微熱っぽい」
「大丈夫だよ、ありがと」
「もうすぐ十月ですよ。風邪とか気をつけないと。インフルも」
「そうだね、ありがとう」


 青木君は、スラリと高い身長とスポーツをやっていた程よく鍛えられた身体、キリッとした眉がカッコいいなかなかのイケメンで、実際の年齢よりも上に見られる事が多いらしいが、まだ未成年だ。高卒で就職した19歳である。十代の子にこんなに心配されると、なんだか少し複雑な気分だ。頼りないみたいで。


「青木君も、ミナ君を子どもっぽいとか思ってるの?」
 一連の行動を見ていた弓さんの問いに、青木君は「えー、ははは」と誤魔化すように笑った。
「先輩を馬鹿にしたらダメじゃない」
 弓さんはそう言ってたしなめるが、口調はやんわりとしている。
「や、馬鹿にはしてませんよ。ただ、ミナさんってソフトだし優しいし、なんか男の先輩って言うよりどっちかって言うと親しみやすい先生タイプって感じで」
「要するに友達みたいって事?」
「それともちょっと違うんですけど。でも正直、うちの弟より素直でかわいいかな」


 本人を目の前に遠慮なく会話を繰り広げる二人には、遠慮というものがない。――弓さん、僕と話す時は普通に気を遣ってくれてるのにどうしてだろう。僕が口を挟む隙がない。
「弟みたいでかわいいとか、そういうのだったらまぁいいけど」
「そういうのとも違いますけどね。ミナさん顔はフツメンだけど、結構セクシーでしょ。うちの弟ガキだから、雲泥の差というか月とスッポンと言うか」
「ミナ君がセクシーだっていうのには同意見だけど、変なちょっかい出したりしないでよね。ミナ君、彼女がほしいんだから」
「へー、そうなんですか?」
 とたんにニヤニヤ笑いを浮かべる青木君に、僕は「まあ」と曖昧に返事をする。
「ふーん、そうなんだ。いつも猫のことばっかり話してるから、恋愛には興味ないのかと思ってました」
「…」


 青木君の鋭い言葉に僕は黙り込む。確かに、彼女をつくらなきゃと思い始めたきっかけは母の発言であって、僕自身がどうしてもほしいとか思っている訳じゃない。
「はは、図星でしょ。ミナさん、さんざんみんなから童貞っていじられても動じないし、多分そうなんだと思ってました」
「えっと…必要ないと思ってる訳じゃないよ。ただ、無理して必要ないと思うだけで」
「それって結局は必要ないって事じゃないっすか?」
「確かにそうね。あんまり女の子のお尻ばっかり追いかけてるのも心配だけど、ここまで淡泊なのも心配よね。そのうち、悪い女に騙されそうで」


「俺の友達、大学行ってるのがほとんどですけど、いい女の子知らないか聞いてみましょうか」
「え?」
「あ、いいわねそうしてよ。でも遊んでるような女の子はダメだからね」
「もちろんっすよ! そんな女にミナさんはもったいないですから」
「あらぁ、意外と話分かるじゃない。悪いけど私、きみはもうちょっと軽い男だと思ってたわ」
「うわー、ひど」


 はははは、と笑う二人によって、僕の意思はまったく無視のまま、青木君から女の子を紹介してもらう流れになっていた。 

3.弟からの電話

1.ほっぺとの出会い

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