縞衣の小説ブログ

縞衣(しまころも)の創作小説サイトです。

6.戸惑いと出会い(葉蘭万丈!)

 フカフカの布団が気持ちいい。
 その割には肌寒くて、掛け布団を探す。
 手を動かすと、何かに触れた。
 布団ではない。誰かの……腕。
 俺は……どこで何をしていた?
 ハッと目が覚め、飛び起きた。


「なっ…どこだよここ!」
 布団だと思っていたのは、フカフカの苔だった。
 辺り一面に苔が生えており、まるで布団のようだったのだ。
 近くには葉っぱの大きな植物も群生しており、山の中の、少し開けた場所のようだった。木はまばらで、そこまで鬱蒼とはしていない。朝陽がキラキラと光って、白いたくさんの糸のように植物を照らしている。三枚の葉に分かれているその植物は、とても大きく、傘にでもできそうだった。きっとこの大きな葉が雨を防いでくれたのだろう。苔が布団の代わりもしてくれたし、とにかく助かった。


「親父…!」
 すぐそばに倒れていた親父は、うつ伏せになっている。仰向けにさせて鼻に指を近づけると、かろうじて息を感じた。
 良かった、生きている……!
 俺は一瞬で、追手から逃げていた事を思い出す。
 崖から落ちたはずだが、一体どうしてここにいるのか。辺りを見回しても、足を踏み外したはずの崖が見当たらない。
「どうなってるんだ」
 全く、訳が分からない。が、とりあえず追手に追いつかれていない事にホッと息をつく。


「親父」
 声をかけるが、親父は深く眠っているようで、ピクリとも動かない。
 親父はまだ生きている。が、下手に動かすと余計な体力を消耗させてしまうかもしれない。
 俺は少し離れた場所からフカフカの苔をはがすと、親父の上に載せた。辺り一面に生えていたおかげで、まるで掛布団のように親父の体を覆う事ができた。これなら一見、人が横たわっているとは分かりづらい。追手がやって来ても、見落としてくれるかもしれない。
「ちょっと待ってろ、親父。様子を見て来る」


 とは言え、どちらに向かえばいいのかも分からない。単純に山を下りればいいのか?しかし、下りた先に追手が待ち構えているかもしれない…。
 いや、それを確認する為に下りるんだ。そう自分に言い聞かせた時、微かに何かの声らしきものが聞こえた。
 耳を澄ますと、やはり聞こえる。犬の鳴き声だ。
「追手か!」
 犬まで使って探すなんて、なんて執念だ!俺達親子ぐらい、見逃してくれればいいものを!
「親父!」
 やはり親父を起こして逃げようと思ったが、頬をパシパシ叩いても目を覚まさない。まさか、昏睡状態なのだろうか。もしもそうなら、一刻も早く病院へ連れて行かなければ。


 いっその事、追手に捕まってしまおうか。一瞬そんな考えが頭をよぎって、すぐに打ち消した。
 連中が、律儀に親父を病院へ連れて行ってくれるはずがない。やはり俺がどうにかしなければ。
 しかし、親父を背負って逃げるのにも限界がある。だからと言って、俺が先に捕まってはどうしようもない。こうして迷っている間に、犬の声が近づいてくる。
 俺は、犬の声がする方に向かった。少しでも、親父との距離を稼ぐためだ。
 こんな山の中まで入ってくるなんて、追手でなければ、猪駆除の猟師ぐらいしかいないだろう。もしも後者ならば、間違って撃たれないようにさえすれば、親父を助けて貰える希望もある。


 とりあえずどこかに隠れて様子を見たいところだが、とにかく親父の安全が第一だと、俺は足早に山の中を進む。開けた場所は間もなく終わり、木々が鬱蒼とし始めた。蛇がいたらまずいな、と思いつつ、木の間を進む。犬の声がどんどん近づいてきた。
 それと共に、人の声も。気配もする。何人かいるようだ。
 このまま進めば鉢合わせしそうで、俺は辺りを見回した。傍に大きな木があり、少し登ればちょうど二股になっていて、そこに足をかけてさらに上へ登れそうだ。


 俺はその木に飛びつくようにして上った。もしも追手でなければ、上から声をかけて呼び止めるつもりだ。追手なら、素早く飛び降りて襲撃するしかない。
 上手くいくかは分からないが、やるしかない。心臓が早鐘を打ち、額から汗が流れる。枝の上で息を潜めていると、犬が木の下で止まり、ワンワンと激しく吠え立て始めた。
 しまった、犬は鼻がいいんだった! そんな簡単な事にも気づけないなんて!
 どうしようと思った時、追ってきた人の声がハッキリと聞こえた。どうやら、犬のところに駆けつけたらしい。「どうした?」と話しかけている。


「先輩、この木の上に誰かいるみたいです」
 おそらく犬に話しかけた人物がそう言った。俺の耳はダンボ状態だが、枝の上でバランスを取るのと息を潜めるのとに集中していて、下の様子を見る事ができない。
 上に登って来られたら、すぐに見つかってしまう。背中を、すうっと冷たいものが流れるのを感じた。これが冷汗ってやつか、と、こんな時だというのに考えてしまう。現実逃避したいのかもしれない。
「――そこにいるんじゃないか?」
 すぐそばで声が聞こえ、体がビクリと震えた。何でこんな近くから聞こえるんだ?!木を登ってくる気配はなかったのに…。


「やっぱりそこにいる。おいで、俺達は警察だ。怖い人じゃないよ」
 怖々とわずかに視線を動かした先で、目が合った。
「うわぁっ…!」
 あまりに驚いて、俺は大声を上げた。
 割と大きな木に登ったはずなのに、どうしてすぐそばに顔があるんだ?!
 葉の隙間から見えたのは、間違いなくこちらを窺う誰かの目。それも、すぐ近くに。
 おまけに、瞳の色が緑に見えた。日本人じゃないからこんなに大きいのか?!


「男の子だな。おいで、ここは危ないから早く下りよう」
「! ここは危ないって…?!」
「ここは、よく行方不明者が出る森なんだ。だから、国から許可を得た研究者以外、立ち入り禁止になっている」
「そ、そんな訳ない! 俺は家の裏山に入ったんだ!」
「地元の子か? 興味本位で入ったのか? 立ち入り禁止だと知らなかった?」
「し、知らない! 追手に追われて、逃げて来たんだ!」
「追手?! 悪い連中に追われているのか?!」
 途端に大男の声色が変わった。それまではいかにも子供に接する優しい声だったのに、急に緊張感を纏い、俺は思わずビクリとする。


「先輩、そんな怖い声出しちゃダメですよ!」
「すまない、つい。――君、名前は?」
「あ…」
 どうしよう、名乗ってもいいのか? 警察だと言っているけど、明らかに日本人じゃなさそうだ。
 それに、ここがどこかも分からない。足を踏み外したはずの崖が近くには見当たらなかった。落ちた後に転がったとしても不自然だ。
 でも、危ない森だと言っているから、ここは大人しく従って一緒に下りるべきか?置いてきた親父が気になる。
 助けを求めたら、この人達は親父を助けてくれる?


「あの…親父を助けてくれますか?」
「お父さんが一緒なのか。もちろん助けよう。どこにいるんだ?」
「ここより奥に…」
「ジェームズ」
「はい、確かにジェームズが奥を気にしてます」
「聞いたか? このジェームズは警察犬だ。お父さんの場所もすぐに見つけられる。必ず助けると約束するから、そこから下りてきてくれないか?」
「ほんとに助けてくれる…?」
「ああ、ほんとだ。だから怖がらずにおいで」
「じゃあ…下ります」


 しかしそうは言ったものの、しばらく枝の上で同じ姿勢をとっていたせいで足が痺れていて、すぐに動く事ができない。飛び降りるのは無理そうだと諦めて枝の上を後退しようとした時、バランスを崩してしまった。
「あっ!」
「危ない!」
 グラリと体が揺れて宙に投げ出された瞬間、そばにいた大男が駆けつけ、しっかりと受け止められた。
「大丈夫か?!」
「だ、大丈夫…」


 間近で見た彼の瞳は、やはり緑だった。
 が、思ったよりも色が薄い。緑と言うより、黄緑だ。さっきは陰になっていて濃く見えたのか。
 それに、髪は茶色がかった金髪だ。やはり日本人ではない。
 小さな子どもを抱くように横抱きにされた俺は、受け止めてくれた彼だけでなく、犬のそばにいた人物からも顔をのぞき込まれる。
「えっ、目と髪が黒い!」
「おい、それより早くこの子の親父さんを探すぞ」
「はいっ」
「お前達はここで待機しろ」


 黄緑の瞳の彼は、他に何人かいた部下たちにそう命じ、犬を連れた彼と一緒に、俺を抱いたまま奥へと進んでいく。
「あのっ…ありがとうございました」
「ん? まだお父さんは助けてないよ」
「いえ、落ちたのを助けてくれたので…俺、自分で歩けます」
「俺達は歩くのが早いから、ついて来るのが大変だよ」
「……」
 確かに、リーチが違い過ぎる。
 十六にもなって抱っこなんて恥ずかしいと思ったが、こんな森の中ではぐれてしまっても困るし、大人しく従うしかなさそうだ。


「俺は、オリーヴァ・ライムグリーンだ。君の名前は?」
「葉蘭。静木葉蘭」
「シズキ・ハラン? シズキが名前か?」
「あ、いえ、葉蘭が名前です」
「ではハラン・シズキだな。親父さんの名前は?」
「楓です。カエデ・シズキ」
「そうか。追われていたと言っていたが、一体誰に?」
「借金取りです。親父に借金があって…」
 そこで、俺は言葉に詰まる。親父が受けていた仕打ちを思い出したのだ。


 ぎゅっと唇を噛む俺に、オリーヴァは言った。
「今は話さなくてもいい。後でゆっくり聞かせてくれ」
「…はい」
「先輩、この辺ですよ!」
 響いた声に、ハッとした。あの開けた場所に着いたのだ。
「あ、あそこか!」
 俺が親父を隠した辺りで、犬が立ち止まってワンワンと吠え立てる。彼は急いで駆け寄り、しゃがみ込んだ。


「あっ、苔の中に!」
「生きてますか?!」
 気がつくと、俺はそう叫んでいた。
「生きているけど、脈がすごく弱い。体温もすごく低くなっている。早く温めなければ危険だ!」
 言うなり、彼は自分が着ているジャンパーを脱いだ。それから親父を抱え起こし、それを着せる。


「急いで戻りましょう!」
「あの! 顔を見せて」
 軽々と親父を抱え上げた彼に、俺は懇願していた。急がなければならないのは分かるけど、それでも顔を見たい。――森を出るまで、親父がもつという保証がないから。
 俺は抱かれたまま、やはり抱えられている親父の顔をのぞき込んだ。嘘みたいに真っ白い顔。本当に生きているのか、疑ってしまうような…。
「親父…」
 俺は、親父に腕を伸ばした。少しでも温めたくて、頬に触れる。


「もう少し頑張ってくれ。まだ話さなきゃならない事がたくさんあるんだから」
 家を出る前に、突然聞かされた衝撃的な事項の数々。それらについて、もう一度、しっかり話を聞かなければ。そして、どういう事なのかをハッキリさせたい。あの話が事実なら、母親が家を出て行った理由も、俺が思っていたものとは全く違っているかもしれない。
「行こうか」
「はい…」
 犬を先頭に、その場を後にする。


 広い胸に抱かれながら、俺は体温を感じていた。オリーヴァの腕は力強くて、とても温かい。きっと親父もそうだ。苔の布団より、遥かに温かいはずだ。
 つっ……と、頬を涙が伝った。
 親父の手を、握りたい。
 そう思いながら、しかし思った以上に緊張し疲れていたらしい俺は、温かさと共に睡魔に襲われ、意識の底へと沈んでいった。

 

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