縞衣の小説ブログ

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帰宅中(岩尾七海とSevenSea8)

「和希君、七海のこと好きになっちゃダメだからね」
 和希が送る車中で、深優がぽつりとそう言った。『SEVEN SEA』を出て一緒に食事をして、何々がおいしかったね、なんて話も落ち着いて、一瞬静かになった時の事だった。


「は? 何だよそれ」
「だって和希君、七海が微笑んだの見て、顔赤くしてたじゃない」
「な、そんな訳ないだろ」
「そうだったから言ってるの。自分の顔は鏡がないと見えないもんね。自覚なかったのかもしれないけど、そうだったから」
「べ、別に深い意味はないし。笑顔が良かったからちょっと…」
 モゴモゴと言い訳する和希に、深優はほうっと溜息をついた。


「七海の笑顔、素敵でしょ? 私が七海に会って赤くなってたのだって、同じ理由だよ。それなのに、恋愛感情があるのかなんて疑ったりして」
「……ごめん」
「まったく、もう。私も悪かったけど、和希君も反省してよね? 七海に服まで――」
「わっ、やめてくれよ! 思い出すだろ」
 和希の言葉に、深優は表情を険しくさせた。運転中の和希には見えないが、しかし不穏な空気は感じて、和希は慌てて捲し立てる。
「べ、別に思い出すって言ってもヤラしいこと考えた訳じゃないからな!」
「……」
「じゅ、純粋に興味湧くだろ! あんなイケメンで細マッチョなのに男じゃないなんて、じゃあ胸はどんななんだろうとか――」
 そこまで言って、和希はハッとした。隣から感じる視線が、酷く痛い。


「い、今のは失言だった。胸なんて意識してない!」
 深優は無言だ。運転中だから事故ったりしないようにと堪えてくれている感じがして、このままずっと走行し続けられたらどうにか乗り切れるんじゃないかと和希は思った。深優の家に着く頃には、少しは怒りも治まっているかもしれない。
 が、そんな和希の願いもむなしく、信号が黄色になり、赤に変わった。スーッと停止させながら、内心和希は冷汗を流していた。なんていうタイミングで赤になるんだ。助手席の深優が、赤になれ赤になれと念を送ったんじゃないか、と和希は大真面目に思った。それくらい、まるで引き込まれるかのように赤になって、車が止まった。


「あ、あの深優」
「和希君は男の子だし、胸が気になるのは仕方ないよね」
「え、いやあの別にそういう意味じゃ」
「え、そういう意味でしょ? Tシャツ着てても分かったよね、七海の胸が盛り上がってるの。あれが全部胸筋なのか、それともおっぱいなのか気になる。そういう事だよね?」
「……」
 図星だった和希が絶句していると、深優がふうっと息を吐く。
「まあ気持ちは分かるよ。私だって、七海の胸触らせてもらった事あるし」
「……」
「たまにいるんだよね。『胸筋すごいな、触らせてよ』とか言って、七海の胸を触りたがるヤラしい男。七海が男だと思ってるなら純粋に好奇心とか、羨ましいからとかかもしれないけど、女の子だって分かっててそれなんだから、下心が見え見えでしょ?」
「そ、それは」
 そうだと続けそうになって、和希は思いとどまった。今肯定してしまったら、「自分にも下心がありました」と受け取られかねない。


「それに、こういう男もたくさんいるよ。七海が女の子だって知って、頭から爪先まで、胸とか腰とかお尻とか、舐めるようにジロジロ眺め回す最低なスケベ野郎」
「え…」
 深優の口から「スケベ野郎」なんて言葉が出てきた事に面食らう和希に気づいていないのか、深優は静かな声で続ける。
「私、そういう男が許せないんだよね。気になったり見たいって思っちゃったりするのは仕方ないかもしれないけど、ああやって無遠慮に眺め回す男は許せない。だから和希君も、気をつけてね。もしも七海をヘンな目で見たりスケベな目つきで眺め回したり、胸触らせてなんて言おうものなら――」
 そこで、深優は言葉を切った。ビクリと体を強張らせる和希に、深優は「青」と前を示す。


「あ、ああ…」
 危ない、完全に意識が運転から離れていた。車を発進させると、深優は「お仕置きだからね」と短く告げた。
「お、お仕置き……」
 深優ってそういう趣味だったのか、と驚く和希の心を見透かすように、深優は「違うよ」と言った。
「別に私、そういうプレイする趣味とかないよ。子どもが悪さをしたら、『お仕置きだよ』って親が言うでしょ? それと同じ。本当にそういう意味だから、ヘンな想像はしないように」
「……はい」
 和希は内心ビクつきながら頷いた。


 ――知らなかった、深優がこんなに怖い女性だったなんて。
 そう思う反面、ふわふわとやわらかいだけでなくこういう強い部分もあったのかと、新たな発見に喜んでいる自分もいた。
 そこからは、お互い無言で深優の家に着いた。
「――幻滅した?」
 深優からの突然の問いに、和希は「えっ」と声を上げた。
「言われた事あるんだよね、元彼から。『ふわっとしててやわらかい優しい女だと思ってたのに、こんな気の強いとこがあったなんてガッカリだ』って…」
「なっ、そんなこと思う訳ないだろ! むしろ嬉しかったし!」
「え…?」
「だって、結婚して子どもが生まれたら母親になるんだぞ! ふわふわしてるだけの女に、子育てなんて無理だろ。強いとこもあるから、安心して子どもを任せられるんだろ」
「和希君…」


 深優に名前を呼ばれて、和希はハッとした。――しまった。深優と結婚したいという気持ちは、まだ本人に伝えた事はない。それなのに、こんな話の流れでついうっかり口にしてしまった。
「それって、もしかしてプロポーズ……?」
 案の定、勘違いされてしまった。結婚したいのは山々だが、今のはプロポーズのつもりではなかった。
 プロポーズはもっと、ちゃんとしたい。
「深優! 結婚したいのはホントだけど、今のはナシ! プロポーズはちゃんと、もっとロマンチックにするからな!」
 そう言って深優の右手をギュッと握ると、彼女は嬉しそうにその手を握り返した。
「ありがとう、待ってる」
「あ、ああ」
「でも、あまり長く待たせないでね? 私もうすぐ三十路だから」
「わ、分かった」
「うん、良かった」
 深優は微笑んで、「送ってくれてありがとう」と言った。
「や、送るのは当たり前だから」
「ふふっ、おやすみなさい」
「…おやすみ」


 深優が車を降り家へ入っていくのを確認してから、和希は車を発進させる。
 別れ際、仲直りを兼ねてキスしたいと思っていたのに。話が思わぬ方に流れて、一緒にそれも流されてしまった。
(……ま、でもいいか。プロポーズを待っててくれるんだから……)
 そこまで考えて、ハッとする。
(ロマンチックなプロポーズってどんなんだよ! 俺そんな事できるほど高スペックじゃねえじゃん!)
 余計な事を言ってしまった、と後悔しても遅い。口は禍の元とはよく言ったものだと、和希は溜息をついたのだった。

9.薄庵にて

7.和希、七海、深優

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