縞衣の小説ブログ

縞衣(しまころも)の創作小説サイトです。4作品連載中。

ちゃんづけは禁止です。 -1-

Q.宝くじで一億円が当たりました。あなたはどうしますか?
A.迷わず貯金する。

 

「ほんっと面白くないわね、あんたって。なるほど、いつまで経っても彼女ができない訳だわ」
 雑誌についていた心理診断中。呆れ声の叔母に、僕は肩をすくめた。
「はいはい、いつも通りのご反応をありがとう」
「そういうイヤミなところもモテない要因だわ。顔だって普通なんだから、もうちょっとモテる努力とかしたらどう? そんなんじゃ一生童貞で終わるわよ」
「それもいつも通りのお言葉ですねー」
「あんたが甥でなきゃ、筆卸の手伝いくらいしてやったんだけどねー。イトコだったら遊んであげたわよ」
「えっ…なんかキモい」


 テンプレかってツッコミたくなるくらいお決まりな事を言っていた叔母が突然いつもと違う事を言い出したので、僕は本当に少し気持ち悪くて軽くのけ反った。
「おいこら、人がせっかく慰めてやってんのに」
「ガラ悪すぎ。て言うか、遊んでやるって慰めにならないし」
モテキが一生到来しなさそうなあんたにとっては、これ以上ないってくらい優しいお言葉だと思うけど」
 そう言ってホホホ、とわざとらしく笑う叔母は本当に気味が悪い。だがしかし、この仮面に気づかず騙されている人が多い事を僕は知っている。まぁ、小さい頃には叔母と知らずに一緒に風呂に入ったりしていたような僕だからこそ、知っている事でもある。


 叔母と僕は、年齢が二つしか違わない。父さんの父さん…要するに僕のじいちゃんが若い女性と再婚し、父に歳の離れた妹が生まれた、それが叔母だ。
 ばあちゃんはまだ若いうちに亡くなった。四十五歳だった。当時父さんは二十歳で、じいちゃんは四十六歳。父さんは県外の大学に進学していたが、就職する際、地元へ帰ってきて、じいちゃんと暮らし始めた。父さんは長男で、どの道、老後を見る為にそうするつもりだったらしい。


 そのうち、父さんに結婚したい女性ができた。それが母さんだ。が、じいちゃんに紹介する前に、じいちゃんは再婚相手を連れて来た。まだ若い女性で、二十二歳だった。高卒で働いていた女性で、新人の時から知っていたが、二十歳になった時に、彼女の方から告白されたと言う。
 最初父さんは、詐欺を疑ったそうだ。しかしじいちゃんは、とてもよく働く明るくていい子だからそんな事はあり得ない、とにかく会ってみてくれと父さんを説得した。いざ会ってみると、優しくて笑顔の素敵な可愛らしい女性で、結局父さんもすぐにOKしたらしい。


 こうして彼女と結婚し、生まれたのが叔母だ。
 うちは一軒家で、割と庭が広かった。そこで、庭を大幅に縮小し、離れを建てた。じいちゃん夫婦はそこで暮らす事になった。父さんが家を出るという案もあったが、子どもが生まれたらいろいろ大変な事も出てくるだろうし、お互い助け合える部分は助け合っていこう、と決めたからだ。じいちゃんの老後、まだ若いお嫁さんが一人で苦労しないようにという配慮でもあった。
 その後、父さんも結婚し、僕が生まれた。


 若いお嫁さんをもらったせいなのか、じいちゃんは若々しい。小さい頃は、じいちゃんだという事実を知らず、年の離れた父の兄だと思っていた。お嫁さんも相変わらず若くて綺麗だ。僕は今まで、彼女を「ばあちゃん」と呼んだ事はない。幼い頃は、若くて綺麗なお姉さんが戸籍的には祖母だという事など知らなかったし、事情を把握できる年になってからも、とてもばあちゃんと呼ぶ気にはならなかった。だから名前で呼んでいる。


 年が近い叔母の事も、幼い頃はイトコのお姉ちゃんだと思っていた。叔母だという事実を知ったのは、小学校高学年の頃だ。実の姉弟のように育ったが、それはお互い一人っ子だった僕らにとって、とてもいい事だったと思う。
 叔母とは今でも仲が良く、一緒に買い物へ出かける事もある。僕が断っても、叔母は粘り強く連れて行こうとするから仕方なくいつも同行する。なぜ「仕方なく」かと言うと、以前、叔母の彼氏に僕と一緒のところを目撃され、浮気と勘違いされて別れに至る事が何度かあったからだ。それでも叔母は僕を連れて行きたがる。「ナンパされるのがうっとうしいから」らしいが、それで毎回トラブルに巻き込まれる僕の事も少しは考えてほしい。


 とは言え、叔母の事は実の姉のように思っているし、変な男に危ない目に遭わされても困るので、結局いつも断り切れない。
 お母さんと一緒に行けばいいのに、とも思うが、彼女はじいちゃんとラブラブで、そんな二人の邪魔をするのが申し訳ないというのもあるらしいから、心の中でしか勧めた事はない。友達と行く事もあるが、僕と行くのが一番気楽でいいそうだ。まあ、僕も同じだからその気持ちはよく理解できる。


「――あぁ、そう言えばあんたにもあったわね、モテキ。幼稚園の頃は、すっごく可愛いって男の子からも女の子からも、よそのお母さんからも先生からも可愛がられてたわよね。あの頃はホントに可愛かったわー」
「まあ僕男だし、そのまま可愛く成長しなくて良かったと思うよ」
「そうねぇ。そうでなくても、可愛らしい名前だしね」
「…今更気にしないよ」
 そう言いつつ、僕の声は小さくなった。


 母さんは女の子を切望していて、子どもができたらつけたい名前も決まっており、まだ性別を確認できない内から、お腹をなでて名前を呼びかけていた。後に男の子だと判明したが、途中で名前を変えるのは嫌だしお腹の子も戸惑うかもしれないと言って、結局、そのままその名前がつけられた。
 正直、名前が原因でグレた事もある。


 中学の入学式の日、張り出された名前表に、明らかに男子のところに女の子のような名前があった為、「一体誰が名前の主か」と恰好の話のネタになっていたのだ。行動的な人が座席表を照らし合わせて、「あの席に座った人がその子」とみんなに伝えた。そんな事を知らない僕は、普通に教室に入り、普通に座席表を見て、自分の席についた。途端、教室中がガッカリした溜息で溢れた。「何だ、可愛いの名前だけじゃん」「めっちゃーフツ―」なんて声があちこちから聞こえ、すぐに自分の話だと悟った。


 それだけならまだ良かった。問題は、ただヒソヒソ話だけで終わらなかった事だ。一人が僕の前に来ると、ニヤニヤ笑いを浮かべながらジロジロと顔やら何やらを品定めするように眺め回し、「あっれー、女の子の名前なのに可愛い系じゃないし、めっちゃ普通じゃん。て言うか、ダサ。名前とギャップあり過ぎて超キモッ」と言ったのだ。登校するなりヒソヒソ話の的にされた上、バカにされたとあって僕はブチ切れてしまった。それまでにも名前が原因でからかわれ、ケンカに発展する事は多々あった為、僕は結構ケンカ慣れしていた。言い返すと、相手は意外だったらしく「生意気」だとか何とか言いながら殴りつけてきたので、軽くかわして腕をつかみ放り投げた。こうして入学早々、僕は不良認定されてしまった。


 そしてその話はなぜか瞬く間に叔母の耳に入り、三年生が一年生の教室に怒鳴り込みに来るというややこしい事態に。名字が同じなので周囲は普通に姉だと思い込み、叔母はブラコン、僕はシスコンの烙印を押された。当時はかなり荒れたが、まぁ今になってみれば笑い話だ。


 とは言え、名前を聞かれるのは未だに苦手だ。勤務先ではフルネームを書いた名札をつける決まりがあって、僕はそれが嫌で仕方なくて名字だけではダメかと店長に掛け合った事さえあった。本社からの通達で決まっている事なので、受理される事はなく、お客さんは僕の名札を見る度に「えっ」という顔をする。それ自体はもうかなり慣れてこちらは苦笑するくらいなのだが、自分で名乗る時はかなり恥ずかしい。


「ははは、気にしてないって顔と声じゃないわよ。兄さんも、彩矢(あや)さんには甘いわよねー」
「ホント、甘すぎて困るよ…。まあ、仲がいいのはいい事だけど」
「そうね。世の中には離婚してしまう夫婦だっていくらでもいるんだから、仲良く幸せに暮らしてるのは当たり前の事じゃないと思うわよ」
「それはそうだけどさ。たまにそうやって大人っぽいこと言われると少しムカつくよね」
「何よそれ」
「えー、だっていっつもふざけた事ばっか言ってるじゃん、おばさん」


 少しぐらい慰めるような事を言ってくれてもいいのに、と微妙にヘソを曲げた僕の言葉に、叔母は両眉をキッと釣り上げた。
「は?! 誰がおばさんだって?!」
「実際そうじゃん、叔母なんだし」
「うるさい、二度とそんな呼び方しないで! 私の事は、これからも、一生、真広(まひろ)と呼びなさい!」
「だけどさ、今までそれで真広の彼氏からさんざん誤解されてきたじゃん。『叔母を呼び捨てにする甥がどこにいる』って、すごい剣幕で掴みかかられるのは僕なんですけど」


「それは、私の言う事を信じない男共の器量が小さすぎるのよ! そんな男こっちから願い下げだっての! だいたい、あんたが大人しそうな顔してるからって、弱い者いじめするみたいにすぐに手が出てくる男なんて、別れて大正解だし!」
「それはまあそうだけど…」
「あぁ、思い出したらなんかムカついてきたわ。うちの明依(めい)ちゃんを見くびらないでよね。中学校の入学式で不良認定されて以来、いろんな連中に絡まれてさんざんケンカ吹っかけられて、すっかり鍛えられてるんだから。そうそう簡単に負けるもんですか!」


「どうでもいいけど、『ちゃん』はやめろよおばさん」
「だから、おばさんはやめて!」
「だったら『ちゃん』をやめろ」


 この下らない僕と真広の攻防は数十分に渡って続き、結局、互いの要望を受け入れて終わった。
 

★ ☆ ★ ☆

 

遅くなってしまいましたが、4000hit御礼短編です。
続きがありますので、そちらはまたいずれ。
文字みっちりめですが、少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

 

ちゃんづけは禁止です。 -2-

 

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