縞衣の小説ブログ

縞衣(しまころも)の創作小説サイトです。

ちゃんづけは禁止です。 -3-

「私ビール追加ぁ!」
「俺も生一つー!」
「私チューハイがいいでーすっ」
「梅酒!」
「カルピスサワー!」
「はいはい、分かったから落ち着いて。――すみません、追加注文お願いします!」


 新人さんが入ってくると、歓迎会にかこつけてみんなお酒を飲みたがる。勤務時間が決まっているバイトさんは、時間が重ならない人とは顔を合わせる事もない。同じ店で働いているのにそれも寂しいじゃないかと、たまに開かれる親睦会は参加自由で、歓迎会にも坂上君とは勤務時間が重ならない人も参加していた。今ここにいないのは、シフトが入っている人くらいだ。
 坂上君はまだ高校生だから、あまり遅くなってもいけない。「十時くらいまでなら大丈夫です」との事だったが、あまり遅くならないよう、歓迎会は七時半からになった。
 が、まだ早い時間であるなどお構いなしに、みんなどんどんお酒を注文する。まだ高校生の坂上君はビックリするのではと思ったが、「親戚で集まってもこんな感じなので」とケロッとしていた。


「生の人!」
「はーい!」
「俺も!」
「生!」
「ひぃふぅみぃ……次、チューハイ! 梅酒は?! あとカルピスサワーだっけ!」
 次々に挙手させてオーダーする僕に、誰かが「弓下は何飲むんだ?!」と大声を張り上げた。
「あ、僕はウーロン茶で。坂上君送るんで」
「お前運転手か!」
「良かったねー坂上君! 弓下さんの車めっちゃカッコいいよ!」
「ま、祖父のおさがりですけどね。――唐揚げと枝豆、それからキビナゴ揚げと野菜サラダと、きゅうりの梅和えもお願いします」
「弓下、唐揚げもう空!」
「枝豆も~」
「から揚げと枝豆は大盛り二皿ずつでお願いします」


 店員がオーダーを復唱し戻っていくと、隣に座る坂上君がぼそりと呟くように言った。
「大変ですね…」
「いつもの事だけどね」
「弓下君、ずっと幹事やってるもんね」
 向かいに座る松浦さんが「ねっ!」と笑う。合わせて大きな胸が揺れて、坂上君がサッと視線を逸らした。
「松浦さん、もうちょっと服選びに気を遣って下さいよ」
「ええ、何で? 若い男性はこういうの嫌い?」
坂上君、まだ高校生ですよ」
 松浦さんの服は、肩周りがはだけて下着の肩ひもも丸見えだ。肩ひもは見えてもいいタイプのものではあるが、かがんだ拍子にチラッと胸の谷間が見えそうになるのは、高校生には刺激が強くてもおかしくない。


「やだ、弓下君ったら。私だって、高校生を引っかけるつもりなんてないですよーだ」
「だったら肩をしまってください。それ、オフショルダーにできるけどそうじゃなくても着れるやつでしょ」
「あはっ、さすがよく知ってるね。真広さん情報?」
「ええまあ」
「いいなぁ、彼女とラブラブでー」
 誰かのからかいにムッとなりかけたが、松浦さんが「彼女じゃないよね?」と小首をかしげながら訊いてきた。
「えっ、どういう事?」
「真広さんは彼女だろ?」
「方山さんから聞いたよ、彼女じゃないって。実は年の近い叔母さんなんでしょ?」
 僕が頷く前に、「ええっー?!」という絶叫が。そんな叫ぶような事じゃないだろと思うが、みんなお酒が入っているので無駄にテンションが高いのだ。致し方ない。


「真広さん、お店来た時いつも弓下君の事キラキラした目で見てるから、すっごいラブラブカップルなんだと思ってた」
 笹山さんの言葉に、僕は「いいえ」と頭を振る。
「あれはただ単によそゆきの顔してただけです」
「そ、そうなんだ」
「て言うか、キラキラしてるように見えましたか」
「うん、すごく」
「はぁ…。ホントめんどくさいんですよね。あの真広の態度のせいで、どこ行っても誰に合っても彼氏と間違われるし」
「やっぱそうでしょ?!」
「まさか叔母さんとは思いもしないよなぁ」
「あれ、でもそれじゃあもしかして弓下君ってフリーなの?」
「はい」
「彼女いない?」
「いません」
「へー、そうなんだ。じゃあ私と付き合おうか」
 笹山さんの言葉に、「えっ?!」と松浦さんが大声を上げた。


「笹山さん、弓下君に気があったの?!」
「気があったって言うか、彼女がいると思ってたから対象外だったけど。彼女じゃなかったなら射程内だよ」
「しゃ、射程内って……」
「何、もしかしてあんたもなの?」
「わ、私は前から好きだったんだから! こ、この服だって、弓下君にアピールしたくて着て来たの!」
「えっ」
「うおーっ!」
「マジか!」
 思いがけない松浦さんの告白に、みんな大興奮だ。


「ず、ずっと好きでした! 私と付き合って下さい!」
 お酒が入っている勢いもあってか、松浦さんが勢いよく頭を下げる。
 が、加減を間違ってテーブルに並ぶ食器に突っ込みそうで、とっさに右腕を伸ばして彼女の左肩を支えた。危ない、止めなきゃ確実に額ぶつけてた。
「あっ…」
 見る見るうちに、松浦さんの顔が赤く染まる。余程恥ずかしかったようだ。慌てて身を引くと、こちらと視線を合わせないようにうつむきながら言う。
「ご、ごめん私思わずあんな事っ…。忘れてください……」
 は? いくら恥ずかしかったからって、何でそうなるんだ。
「何でですか」
「えっ」
「何で忘れる必要が?」
「な、何でって……」
「俺が幻滅したとでも?」
「!」
 松浦さんだけでなく、その場にいた全員がばっと一斉にこちらを見た。思わず苦笑をこぼす。つい俺と言ってしまったからって、その反応の仕方。


「だ、だって嫌でしょ? こんなガサツで落ち着きのない女…」
「大丈夫ですよ。松浦さんが実は結構おっちょこちょいだって、もうかなり前から知ってますから」
「……」
「それより、松浦さんこそ俺でいいんですかね」
「え……?」
 どういう意味…?と視線で問うてくる松浦さんに、どう説明しようかと考えながらうっすら笑んで見せる。
「俺、実はかなり短気で喧嘩っ早いですよ。中学の時なんか毎日のようにケンカとかしてました」
「えぇっ?!」


「でも高校に入ってもそれじゃまずいと思って、自分の事『僕』って言うようにしたんです。そうする事で、俺って言う時よりも大人しい自分になれる気がして。面白いもんで、実際効果はありました。自己暗示みたいなもんです。でもだからと言って根本が変わった訳でもないんで、荒っぽい面もあるしブチ切れたらすっごい言葉悪くなるし、それが無理だと思うならやめといた方がいいです」
「こ、言葉悪いって……どんな感じ?」
「どんな感じと言われても…」
 今ブチ切れている訳ではないので、再現のしようがない。
 そう思っていたら、唐突に頭上から声が降ってきた。
「もしかして明依ちゃんか?!」
「あ?」
「やっぱ明依ちゃんじゃん! ひっさしぶりだなお前!」
 誰だちゃんづけする野郎は、と顔を上げた先にいたのは。
 中学時代何かにつけて絡んできて、毎日のようにケンカしていた相手その人だった。

 

 

「何だ明依ちゃん、まさか俺のこと忘れたんじゃないだろうな」
 無言で見上げるだけの僕に、羽月旬弥(はづきしゅんや)は声に棘を含ませた。
「……忘れるか」
「だよな。良かった、忘れたって言ったら一発殴るとこだった」
「………お前確か教師になったって聞いたが」
「おお、よく知ってんな。そう言うお前は何やってんだ」
「書店員」
「へー、なんかイメージ合わねぇな。毎日暴れまくってた明依ちゃんが書店員とは」
「………」
 こめかみに青筋が浮きそうになるのを、どうにか抑えこむ。落ち着け、今は職場の歓迎会中だ。


「好きで暴れてた訳じゃない」
「はは、まあな。確かにケンカ吹っかけられる事の方が多かったか。ちょっと挑発されたらすぐブチ切れてたのも事実だけどな」
「………」
「んで、もしかして今職場の親睦会中? 奇遇だな、俺もだ」
「へー…」
 この店は、結構座敷席があるから親睦会に使いやすくいつも利用している。まさかそこに羽月も来ているとは何たる偶然。
「やー、まさか明依ちゃんに会えるとは思いもしなかった」
 羽月はそう言って、どーもーと愛想を振りまきながら馴れ馴れしく座敷に腰を下ろす。オーダーを取りやすいように通路側に座っていたのが災いした。


「……お前、早く行かなくていいのかよ。親睦会中なんだろ」
「大丈夫大丈夫、みんな完全にできあがってっから。それよりお前、俺に彼女を紹介しろよ」
「あ?」
「ん? そこに座ってる美人は彼女じゃねえの? なんかいい雰囲気だったように見えたが」
 通りかかった一瞬で、何でそんなところまで見てんだこの男は。だから油断ならない。
「彼女じゃないです」 
 律儀に答える松浦さんに、「放っといていいですよ」と声をかける。
「え、でもお友達じゃ…」
「違います」
「おーおー、ひでぇな。一応ダチだろ」
「違ぇよ」
「はは、バッサリか。相変わらずだな明依ちゃん」
 相変わらずはてめえだボケ、という言葉をどうにか飲み込む。


「青筋立ってんぞ」
 が、せっかく人が必死に抑えていると言うのに、知ってか知らずか(多分知ってて狙ってると思うが)羽月が肩に腕を回してくる。
「めーいちゃーん」
 耳元で猫なで声を出された瞬間、ブチッと音がした。
「黙れうっせえボケ! 馴れ馴れしく寄ってくんなやドアホが!」
 うっとうしく肩を組んでくる腕を振り払うが、羽月はいっさいお構いなしで平気の平左だ。
「はは、ついに切れた。お前随分気ぃ長くなったのな。昔は一度でぷっちーんだったろ」
「ああ?!」
「なー明依ちゃん」
「うるせぇっつってんだろがとっとと失せろやボケが! つうか二度と俺にそのツラ見せんなや!」
「うわひっで、そこまで言わんでもいいだろ。せっかく再会したってのに」
「あ?! てめえとの再会なんて嬉しくも何ともねえんだよ」
「明依ちゃん、中学の時のこと未だに根に持ってんのな」
「された方は覚えてるもんなんだよ!」


「つっても別に、陰湿な事はしなかっただろ。恥ずかしい写真撮ってネットに拡散したりしてねえし」
「んな事やってただで済むと思うなボケ」
「いやだからしねえって。そういうやり方は好きじゃねえし、そもそもそこまでやったらイジメの域を越えて犯罪だしな」
「……俺はお前に苛められた記憶はねえよ」
 絡まれはしたしケンカもしたが、苛められてはいない。羽月は、自分より弱いやつにちょっかいを出す事は決してなかった。毎日バカみたいにケンカしてたが、そういうところには一目置いていた。
「明依、お前やっぱいい男だな」
「……は?」
 いい男って聞こえた気がしたが。まさかこいつの口から? 聞き間違いか。
「何『こいつがんなこと言う訳ねえ』って顔してんだよ。まああの頃はまだまだガキで意地があって言えなかったが、お前は昔からいい男だ」
「………そりゃどうも」
「おっ、お前の口からそんな言葉が聞けるとはな」
 言いながら羽月は、スッと右手を差し出してくる。


「何だよ」
「ケータイ出せ」
「嫌だ」
「出せ」
「お前の連絡先なんかいらん」
「出さないと体中まさぐって探すぞ」
「………」
 ケータイは薄手のジャンパーのポケットの中だ。店内は暑い訳でもなく上着は着たまま。羽月なら本当に全身まさぐって探しかねないので、しぶしぶ取り出して渡す。
「最初っから素直に渡せよ」
「…………」
 こいつ、学校の先生になったせいか俺の扱いが昔より上手くなってないか? 癪に障る。
 羽月はケータイをいじって番号を登録すると、一度自分のものを短く鳴らして満足げに返してよこした。


「今度飲みに行こうぜ」
「断る」
「まあそう言うなって。あんまピリピリしないで楽しくやろうぜ」
「……過去は水に流せってか」
「はは、そこまでは言わねえよ。流せるもんだと思わないしな。けどせっかく再会したんだし、俺らも大人になった。顔合わす度に殴り合う訳にもいかないだろ」
 羽月とは三年間同じクラスだった。さすがに毎日殴り合っていた訳ではないが、小突き合いは頻繁だった。
 お前と顔合わすつもりはないんだよ、という言葉は飲み込んでおく。過去を水に流せと言われたならそう返していたが、過去は過去としてこれからは仲良くしようと言っているのだ。実際どうするかは別にして、あんまり突っ張るのも大人げない。


「しかし明依お前、高校であんま成長しなかったのな」
「あ?!」
「中学を卒業する頃は、俺より微妙に背高かったのに。中三で成長期が止まったか? 線もほっせえし」
 余裕たっぷりの声でそう言う羽月は、ニヤニヤ笑いを浮かべている。悔しいが、確かに体格ではだいぶ差がついてしまったようだ。顔は元々こいつのが上。それに多分、高校では武道をやっていたと思うし、腕力でも敵わないかもしれない。
 ……そうか。大人になったんじゃなくて、そこからくる余裕か。もうお前には負けねえよと思っているからこその余裕。
 くそっ、今何を返しても負け惜しみにしか聞こえなさそうだ。
 無言で睨みつけると、羽月は目を細めて顔を覗き込んでくる。


「ま、でも色気はあの頃よりはるかにあるけどな。気を付けろよ、昔こてんぱんにやられた連中と会ったら今度はお前がこてんぱんにやられかねない」
「そう簡単にやられるつもりはねえよ」
「だろうが、気を付けるに越した事はないだろ。加減ってもんを見失ってきてるからな、最近の連中は。男だからって安心できる世の中でもねえし」
「…俺は生徒じゃねえぞ」
「はは、分かってるって。んじゃそろそろ行くわ、じゃあな」
 長居してすみません、お邪魔しました。と愛想のいい笑顔を同僚達に向けて、羽月は最後に俺の頭をぐしゃぐしゃっと撫でて去っていく。
「……はああ?! でかくなったからって図に乗りやがってあんの野郎ふざけんじゃねえ!」
 思わず口を突いて出たのと、店員が盆を運んできたのが重なった。大学生っぽい男の子が、明らかにビビった顔でおずおずしている。


「あ、すみませんありがとうございます」
 慌てて笑顔をつくって対応し、すでに空になった皿を返そうと振り向き何気なく手を伸ばそうとした瞬間、驚くような速さでささっと皿が差し出される。……あれ、なんかみんなもおっかなびっくりじゃないか?
 受け取った酒を配ろうとすると、笹山さんが「私がやるよ!」と立膝になり、店員から料理を受け取り始める。
「別に構わないんですけど」
「いいっていいって、私がやるって!」
 ……何なんだ? この態度の差は。それくらい僕やりますけど、いつもやってるし。さっきので急にさせるのが怖くなった?
 まあいいか、と思いつつ目の前に置かれたグラスを持つと、ウーロン茶じゃなくてビールが入っている。
「あれこれ」
「あっ、ごめん間違えちゃった! 弓下君はウーロン茶だったよね!」


 慌てて手を差し出す笹山さんにグラスを渡し、ウーロン茶を受け取ろうとした瞬間。
「きゃああっ」
「うおっ」
 水滴で滑ったのか笹山さんの手からグラスがこぼれ、落とすまいと差し出した僕の手にぶつかってバウンドし、胸の辺りに飛び込んできて派手に中身をまき散らした。幸いグラスはキャッチできたが、悲惨な事にまるでおもらし状態になってしまった。
「あちゃー」
 誰かの声に、笹山さんがハッとする。
「ご、ごめん弓下君! わ、わざとじゃないからね?!」
「知ってますよ。つうか何か拭くもんありません?」
 手持ちのハンカチでは足りずに訊くと、ティッシュやハンドタオルが差し出される。ハンドタオルは遠慮してティッシュを受け取るが、グラス一杯分丸々零したのでとても足りなさそうだ。


「すみませーん!」
 笹山さんが手を上げて大声で店員を呼ぶ間に、隣に座る坂上君が手持ちのスポーツタオルで胸の辺りを拭いてくれる。
「ありがとう」
「いっいえっ」
 胡坐をかいて座る太腿や股座(またぐら)の辺りもびしょ濡れだ。履いていたのがジーンズで良かった。水が(し)滲み込みにくいから多少濡れてもピッタリしないし、パンツまでぐっしょりという訳でもなさそうだ。
「あのっこれで拭いて下さい」
「いいの? サンキュ」
 ウーロン茶は結構シミになるはずだ。ちゃんと洗って返して、一緒に新しいタオルも一枚プレゼントするか。
 店員が布巾と雑巾を持って来てくれたので、お礼を言って受け取り、畳を拭く。坂上君が一緒に拭いてくれる、つくづくいい子だ。採用して良かったな。
 店員の男の子も一緒に畳を拭いてくれて、布巾や雑巾を回収した。


「すみません、お手数をおかけしました」
「と、とんでもないです」
 ペコペコと頭を下げて去っていく彼は、さっきあからさまにビビっていた子だ。怯えさせてすみません、悪気はないんです。
「すみません色々とお騒がせしました」
 同僚達にも頭を下げると、みんな「いやいやそんな」「気にしない気にしない」「悪いの私だしっ」など口々に言ってくれる。
「弓下お前トイレ行かなくて大丈夫か? パンツ濡れてねえの」
 向こうの方から八島(やつしま)さんが声を上げると、笹山さんが肩身狭そうに首を竦めた。隣で松浦さんも下を向く。
「大丈夫です、ジーンズだったんでそんなに滲みませんでした」


「あっそ。さっきお前が股座拭いてるとこ女どもが目ん玉ギラッギラさせて見てたぞ」
「ちょっと八島さん! 何言ってるんですか?!」
「すぐそういう品のないこと言う!」
「私のところからは見たくても見えませんでしたよ~」
「ほら見ろ、見たかったってさ。お前ら二人正面でラッキーだったな」
「だからやめて下さいって! 変態だって思われちゃう!」
 いや別にそうは思わないけど。真広なんて堂々と裸眺めてくるし。小さい頃からずっと一緒にいて恋愛対象や性的欲求の相手にはなり得ないが(そもそも叔母だからそうなられても困るが)裸を眺めるのは好きだそうだ。そんなこと言ってるから彼氏ができても長続きしない。「そんな事で怒る相手が悪い」というのが真広の主張だが、そんなものに振り回される相手に同情する。


「て言うか見たかったなんて若い女の子が大胆過ぎでしょ!」
「別にいいじゃないですか。私弓下さんの裸なら喜んで見ますよ!」
「やだ何言ってるの?!」
 いくらお酒が入っているからって、あんまり人の裸ネタで盛り上がるのはやめて欲しい。まぁ別にホントに見られた訳じゃないから無害と言えば無害ではあるんだが。
 八島さんがニヤニヤして意味ありげにこちらへ視線を送り、隣に座る兎田(うさぎだ)さんに何やら耳打ちした。ちなみに兎田さんは通称ウサちゃんで、さっき僕の裸なら喜んで見るとか随分大胆な事を言っていた張本人だ。
「八島さんがー、『そんなに恥ずかしがるのはやましい事を考えた証拠だ』って言ってまーす」
「や、やましい事って何よ!」
「それはもちろんあんな事やこんな事っすよー」
「……ウサちゃんその辺でやめにしない?」
 松浦さんがさっきからずっと耳まで赤くて、大概かわいそうになってきた。


 声が尖らないようやんわりと促したが、ウサちゃんは悪びれもせずに軽い口調で言う。
「あはっ、さすがの弓下さんも怒りましたー?」
「……もしかしてわざと怒らせようとしてない?」
「はいっ、さっきのワイルド明依さん見たいです!」
 シュパ、と額の前に手をやり敬礼して見せるウサちゃんに、思わず苦笑する。
「あれっ、怒ってない。八島さん、名前呼んでも起こらないじゃないすか」
 成程、さっき八島さんがニヤつきながら耳打ちしていたのはその事か。 
 何やってんだあんた、と念を込めて軽く睨むが八島さんはどこ吹く風で、「あぁそうか」とさらに笑みを濃くする。
「分かったぞ、ウサ。弓下の怒らせ方」
「えっ何ですか?!」


「すっげぇ簡単な事だったわ。なー、中学で成長の止まったかわいい明依ちゃん」
「………」
「明依ちゃーん」
「…………」
「かーわいーいめーいちゃー」
「うっせぇ黙れボケ! ケンカ売ってんのかこの野郎!」
 思わず先程ウーロン茶を拭いたハンドタオルを八島さんめがけてぶん投げた。
「うおっ」
 避けようとするが肩にヒット。やったぜナイスコントロール
「わっ水滴が飛んできたっ」
「あ、ごめん」
 隣のウサちゃんにも被害が及んでしまい咄嗟に謝る。――が、考えてみればこの悪ふざけは八島さん一人によるものでもないし、謝らなくても良かったか?


「こんの野郎」
 八島さんが負けじとタオルを顔面めがけて投げ返してくるが、難なく右手でキャッチする。
「お前意外と反射神経いいのな。毎日のようにケンカしてたってのもウソじゃなさそうだ」
「そんなもんウソつく事に何の意味もないでしょ」
「マジで毎日?」
「殴り合いはさすがにそこまでじゃないけど、小競り合い程度なら」
「マジか。お前のイメージがかなり変わったわ」
「私もですー。実はワイルドな草食系男子って素敵です!」
「毎日殴り合いしてたような男は草食系とは言わねえだろ」
「えー、でも今の弓下さんはどっちかって言うと草食系じゃないっすか? いやでも真広さんと付き合ってると思ってた時、二人とも色っぽいしお似合いーって話してたし色気漏れてるって事は肉食系?」


「んなもんどっちでも構わねえけど、大概人のネタで遊ぶのやめにしろや」
「きゃーーーっ! ご馳走様っす!」
 満面の笑みで口元を拭って見せるウサちゃん。まあ最後のはサービスだし怒ってなかったとは言え、大喜びしていられる彼女はかなりの強者かもしれない。

 

ちゃんづけは禁止です。 ー3.3ー

ちゃんづけは禁止です。 -2-

このブログで掲載されている作品は全てフィクションです。 実在の人物・団体等には一切関係ありません。 また、作品の無断転載等を禁じます。




クリエイターがたくさん使ってる、ロリポップ!
独自ドメインやデータベース、PHP・CGI・SSIはもちろん 大人気Wordpressなどの簡単インストールをはじめ、
カート機能、cron、SSH、共有/独自SSLなど機能満載。
メールアドレスはいくつでも作成可能!
容量最大1000GBで月額100円(税抜)から。