部長と窓ドン(桜田桜の日常4)
「サクラ君。聞きたい事って何かな?」
部活後。
部長が、桜(さく)に歩み寄りながら言った。
その顔は、満面の笑み。
くどいようだが、桜はこの部長の笑顔が苦手だ。
「料研に入りたいって友人がいるんですけど、兼部でも構いませんか?」
「料研に入りたい友達?どんな友達?」
どんな友達?ってどういう意味?と思いつつ「クラスの友達です」と桜が答えると、部長は「ああ、そうじゃなくて」と苦笑した。
「君に気がある子?彼女とか、彼氏とか」
「いえ、普通の友達です。て言うか、彼氏って何ですか」
「彼氏は彼氏だよ。君の噂は、三年にも聞こえてきているよ?女子だけでなく、男子にも人気なんだってね」
「何ですかそれ。そんなの知りませんよ」
桜は思い切り顔をしかめた。
『女子に人気』というのが本当ならば嬉しいが、そんな話は聞いた事がない。
『男子にも人気』というのは、友人が多いって意味なら「まあ、それなりに」と思うけれど。
この場合、そういう意味ではないという事ぐらい、桜にも分かる。
「そんな嫌そうな顔しないでよ。悪い意味じゃないんだから」
「いや、良くもないでしょ?男子に人気とか、意味分かりません。俺がナヨナヨしてるって言いたいんですか?」
ついケンカ腰になる桜に、部長は「そうじゃないよ」と面白そうに笑う。
「て言うか。女子に人気かどうかより、そっちの方が気になるんだ?」
「だって、心外ですから。それに、女子に人気なんて事もありません」
「どうして?」
「もしそうなら、告白とかされてもいいじゃないですか。そんなの、一回もありませんから」
「告白ぐらい、いくらでもされているんじゃないの?」
大きな目をさらに大きく見開く部長に、桜は苛立ちを覚える。
この人は、本当に苦手だ。
こういう態度をとられると、馬鹿にされているのかと思ってしまう。
「告白なんてされてません」
「それは、おかしいな」
「どういう意味です?」
「そのままの意味。と言うか…これはかなり、心外だな」
「はあ?」
心外って、それはこっちのセリフじゃないか。
何を言っているんだこの人は。
意味不明なんですけど。
「そんな、『こいつ馬鹿じゃねえの』って顔しないでよ。傷つくなぁ」
部長はそう言って、桜に一歩近づいた。
その笑顔がいつもとは違いただならぬ雰囲気で、桜は思わず一歩下がる。
さっき『心外』と言っていたが、本当に怒っているみたいだ。
でも、どうして?
怒りたいのはこっちなんですけど…。
「どうしたの?サクラ君」
「いえ…」
どうしたのって、あんたが怪しい笑顔で近づいてくるからじゃないか。
しかし、いくら桜が下がっても、部長はさらに近づいてくる。
容姿も勉学も完璧な部長は、運動神経もずば抜けていい。
対して桜は、『お前、よくぼうっとしてるよな』と言われる抜け具合。
あっと言う間に間合いを詰められ、窓際まで追いやられた。
桜の両脇の、ガラスではなく枠の部分に手をついた部長が、クスッと笑う。
「壁ドンならぬ、窓ドンだね?」
いや、部長。
決め顔だけど、ぜんぜん面白くないです。
それに、まだ部員のみんながいるけどいいんでしょうか。
しかし、その『部員のみんな』は固唾を飲んで見守るだけで、誰一人、止めようとする者はいなかった。