入部許可(桜田桜の日常5)
「そんなに怖がらないでよ、サクラ君」
部長が、クスッと笑って桜(さく)を見下ろす。
桜の身長は、百六十五センチ。
部長はと言うと、数センチほど桜より背が高い。
多分、百六十八か、九くらいだろう。
身長でも負けているなんて、腹立たしい事しかない。
桜は唇を噛む。
「そんな事したら、歯形がついちゃうよ。せっかくのふっくらした可愛い唇が台無しだ」
「なっ…」
恐るべし、部長。
少女マンガに出てくる王子様的イケメンが言いそうな、歯の浮きそうなセリフをサラリと言ってのけた。
と言うか、何か背筋がゾクッとしましたが。
身の危険をひしひしと感じますが。
「告白された事がないなんて。この可愛い唇が、ずいぶんと酷い嘘をつくんだね」
「う、嘘じゃないです」
「嘘だよ。だって、今こうして、私が君を口説いているじゃないか」
「えっ」
桜は、部長の顔から逸らしていた目を、思わず彼女に向けた。
その瞬間。
視線が、合った。
バチリと、青白い火花を上げて。
(なっ、何だよ今のっ!)
桜は動揺した。
あの火花が見えた瞬間、全身に衝撃が走ったのだ。
先程までとは違った意味で、ゾクッとした。
「それで、さっきの質問の答えは?」
「さっきの質問…?」
「うちの部に入りたいって、どういう友達?」
「普通の友達…です」
部長が何を聞きたいのかが分からず、桜の声は尻すぼみになった。
「男子、女子どっち?」
「男子です」
「何か、不純な動機を感じるね」
部長の言葉に、桜はムッとした。
「話を聞きもしないで、不純なんて。酷いのは部長の方です!あいつはただ、料理を覚えて彼女を喜ばせたいだけなのに!」
大声を上げてから、しまったと思った。
花岡の為に、これは黙っておくつもりだったのに。
つい口を滑らせてしまった。
ごめん、花岡。
これで入部を断られたら、一発殴ってもいいから。
覚悟を決める桜の頬に、部長が片手でそっと触れた。
「わっ?!」
「こんな状態で考え事なんて、余裕だね?」
ニッコリと不敵に笑んだ部長は、桜の耳元にそっと顔を近づけ、囁いた。
「今度、その子を連れておいで」
再びゾクッとする…が、今はそれよりも大切な事が。
「じゃあ、入部しても…?」
「いいよ。だって、彼女の為に料理を覚えたいんだろ?不純な動機じゃないもんね。そういう一途な子は、大歓迎だよ」
「あ、ありがとうございますっ。伝えておきます」
「はい、どういたしまして。入部希望書を君に預けるから、名前を書いて貰ってきて」
「分かりました…」
桜はホッとした。
良かった。
これで、花岡に殴られずに済む。
しかし疑問なのは、どうして部長はこんな会話を、耳元でヒソヒソ話すのかという事だ。
人に聞かれてまずい話ではないし、むしろ、この話し方のほうがまずいだろう。
耳に息が当たってくすぐったいし、変な感じだし…。
早く離れてくれと念を送るが、部長は気づいていないらしい。
離れるどころか、桜の背に両腕を回して来た。
「きゃーっ!」
途端に、女子から悲鳴が上がる。
「部長、その辺にしておいてくれません?仮にもここは、学校ですから」
凛とした声で部長を諌めてくれたのは、二年生の副部長だ。
「おお、凛子(りんこ)君。つい我を忘れていたよ。ごめんね」
「いえ。謝るなら私ではなく、サクラ君にお願いします。おそらくこれは、セクハラに入りますから」
「セクハラって言うのは、相手が嫌がっているかどうかで決まるんだろ?サクラ君は嫌がっていないから…」
「いえ、嫌がってます」
桜と副部長の声が重なった。
「えぇ、嫌がってるの?」
「嫌がっていると言うか、怖いし逃げたいし…という感じですね。私が見たところ」
「そうなの、サクラ君?」
部長はちゃっかり抱き付いたまま首を傾げて桜の瞳を覘き込む。
悲しそうな顔をされて、つい誘導的に「いえ」と答えそうになり、すんでのところでどうにか堪えた。
口が半開きになっている桜を見て、部長が両目を細める。
「はい、もう強制的に離れて下さい」
副部長はそう言って、部長の脚を軽く蹴った。
「痛っ!」
「セクハラのお仕置きです」
「うう、相変わらず手厳しい…」
「こんなキャラなのにどうしてモテるのか、私には理解しがたいです。ただのセクハラ美女なのに」
セクハラと言いつつ美女と付け加える副部長も、やはりどこか変わっている。
しかし、彼女のおかげで助かった。
後で、何かお礼をしなければ。
部長の腕を引っ張り、ズルズルと引きずる副部長を見ながら、桜はそう思ったのだった。