縞衣の小説ブログ

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大変な一日の始まり (桜田桜の日常11)

 晴夏先輩と別れた桜は、教室へ向かった。

 すでに授業が始まっているから、校内はしんとしている。

 教室のある廊下まで来ると、先生の声が響いていた。

 少し緊張しながら、教室の後ろの戸をそろっと開ける。

 静かに開けたはずなのに、一斉にクラスメイトの視線を浴びた。

 

「サクラ君!」

「どういう事だよお前!」

「晴夏様と付き合ってたの?!」

 授業中だというのに、みんな次々と質問を浴びせてくる。

 

「こら、静かに!桜田、早く席に着きなさい」

 国語の滝沢先生は大声を張り上げたが、誰も聞いていなかった。

「ねえ、サクラ君!どういう事?!晴夏様と付き合ってるの?!」

「あんな美人と、いつからなんだよ!」

「サクラ君、彼女いないって言ってたじゃない!」

「そうだよぉ、嫌だよサクラ君!サクラ君は私達のアイドルなのにぃ!」

 

 大勢でわぁわぁと騒ぎ立てられ、誰が何を言っているのか分からない。

 先生の方を見ると、「こらー!席に着いてー!」と、眉を下げてほとほと困った顔で必死に声を張り上げている。

 視線を感じてふと廊下を見ると、隣のクラスの先生が何事かと顔を覗かせていた。

 余程うるさいのだ。

 先生と目が合った桜は、すみませんと口を動かし、軽く頭を下げた。

 仕方ないな、という顔で、小さく頷いて先生は戻っていく。

 

「おい、サクラ!人の話聞いてんのか?!」

 話を聞いてるのか…だって?

 誰が何を言っているのか分からないくらい大騒ぎしておいて、何を言っているんだ。

 授業中だというのに、隣のクラスにまで迷惑をかけて。

 高校生にもなって、これではまるで小学生だ。

 自立なんて程遠い。

 

「おい、サクラ!」

 誰かに肩をつかまれ、桜の中で、ぷちん、と音がした。

 

「やかましい、黙れ!」

 

 気がつくと、桜はそう怒鳴っていた。

 あれだけ騒がしかった教室が、一瞬にして水を打ったように静まり返る。

 

「お前らふざけてんのか?!授業中に大騒ぎして、隣のクラスの先生まで様子見にきてるんだよ!滝沢先生だって、何度も席に着けって言ってただろ!人に話聞いてんのかとか言う前に、お前らが話を聞けこのあほんだら!」

 

 桜の剣幕に、皆あぜんとするばかりだった。

 滝沢先生も、あっけにとられて桜を見つめる。

 それもそのはず。

 入学してからの一ヶ月、桜は楽しそうにしているし、いつも人の中にはいるけれど、だからと言って自分から騒いだはしない、シャイで大人しい男の子というイメージを周りは抱いていたのだ。

 それがまさか、こんな風に怒鳴るなんて。

 それも、かなり迫力があったのだ。

 

「先生、遅れた上にお騒がせしてすみませんでした」

 桜は自分の席まで来ると、そう言って頭を下げた。

「あ、ああ」

 滝沢先生は、桜に声をかけられハッとした様子だった。

 桜が腰を下ろすと、先生は咳払いをして教科書を手に持ち、何事もなかったかのように授業を再開する。

 その間もチラチラと視線を向けて来るクラスメイト達を桜がギロリと睨みつけると、彼らは慌てて前を向いた。

 

 こうして、その後は騒ぎになる事なく無事に一時間目が終わった。

 チャイムが鳴り、挨拶を終えると、花岡・桑尾・深山の三人が駆け寄ってきた。

 他のクラスメイト達は、さきほど桜が怒ったせいか、チラチラと様子を窺っている。

 

「サクラちゃーん、おめでとう!」

 花岡が、両腕を広げて抱きついてきた。

「うがっ!何だよ、放せ!」

「いやー、恋が実って良かったねぇ!しかしまさか、恋バナした翌日に彼女の方から猛アタックとか、サクラちゃんすごい運いいね!」

「サクラ、昨日は『ない』とか言ってた癖に!抱きつかれて、真っ赤っかになってたぞ!」

 花岡に抱きつかれて身動きが取れない桜の頬を、桑尾が指でぷにぷにと押す。

「ちょ、やめろって!」

「サクラじゃなくて紅梅になってたよな。今もだけど」

「ハハハ、深山のジョークって何か渋いよな」

 

 いつも通りの桜の様子にホッとしたのか、様子を窺っていたクラスメイト達も、わらわらと桜の周りに集まって来た。

「それでサクラ君?!晴夏様と、付き合ってるの?!」

 今朝写真を撮っていた女子の一人が、桜の机に両手をついてずいと迫る。

「えっと…付き合ってると言うか、さっき付き合う事になった…」

 

「えーっ!!」

「そんなぁー!!」

「やだぁー!!」

 途端に女子の大ブーイングに遭い、桜は首を縮める。

 

 ここまで言われる程、先輩って人気だったんだ…。

 あの時は、心がぽうっとなってOKしてしまったけれど、もしかしてとんでもない事をしてしまったかもしれない。

 先輩のファンの女子から苛められたらどうしよう…。

 いや、女子だけじゃない。きっと、男子からも苛められる。

 

 桜は、体育館裏に呼び出されたり、トイレで待ち伏せされたり、階段下で大勢に囲まれたり、そんな物騒な場面ばかりを一瞬のうちに想像してしまう。

「ひっ…嫌だ」

 思わず声に出してしまい、花岡が「ん?」と訝しげに桜の顔をのぞき込んだ。

 

「何だサクラ。何を怖がってるんだ?」

「だって俺、これから先輩のファンから苛められる…」

「何弱気になってんだよ。さっきみたいに怒れば、そうそう苛められないって!大丈夫だ」

「さっきは驚いたよな。お前、実は滅茶苦茶ケンカ強かったりして」

「俺も、何かそういう雰囲気的なものを感じたな」

 

 みんな口々にそう言って励ましてくれるが、桜は安心できなかった。 

 そして、そんな桜の不安は、しっかり的中する事になる。

 

 桜のクラスの前には、噂を聞きつけた他のクラスの生徒達が様子を窺いに集まっていた。

 一年生だけでなく、上級生もたくさんいる。

 よそのクラスなので皆なかなか中へは入らなかったが、ある女子のグループが、やって来るなり教室へずかずかと上がり込んだ。

 

「サクラってふざけたやつ、どいつ」

 教室内が、しぃんとなった。

 入って来たのは、不良で有名な二年生の女子グループだった。

 耳にピアスを光らせ黒髪を頭上高くでひっつめるように結んだ吊り目の女が、桜のいる方へ歩み寄る。

 クラスメイト達は、慌てて場所をあけた。

 

「あんたがサクラ?」

 花岡に抱きつかれたままの桜に、女子は眉を跳ね上げさせながら問う。

「そうですけど…」

 女子は、ふんっと鼻で笑った。

「晴夏様も、随分といいご趣味だこと。まさか、こんなチビで顔も上の下みたいなチビが好きだなんて」

 

 …今、チビって二回言いましたよね。

 確かに大きくはないけど、チビチビ言われる程チビでもないのに…。

 それに、上の下って、意外と褒めてくれてる気がするんですが。

 

 そう思う桜に、女子はさらに続けた。

「あんた、すぐに晴夏様と別れなさい。私は認めない、あんたみたいな、二股掛けするような男」

 

「俺、二股掛けなんてしてません」

 桜が反論すると、女子は「嘘ついてんじゃないわよ」と、吊り目をさらに吊り上げさせる。

 何だか猫みたいだなぁ、と桜は呑気に思った。

 

「堂々と男に抱かれてる男が、よく言うわよね」

「はい?」

「ベタベタしちゃって、その男と付き合ってるんでしょ。二股掛けどころか、もっとかしら?一部の男どもに人気だからって、お調子に乗っちゃって、王子様みたいな晴夏様の事も、ちょいっと落としてやろうとでも思ってるの?!今まで、男に興味も示さなかった晴夏様なのに…あんた、一体何したのよ。どうせ、その軽ぅい体で迫って、あちこち触らせたりしたんでしょ!」

「なっ…」

 

 あまりの言葉に桜が茫然としていると、花岡がすっと離れて女子に近づいた。

「先輩、ふざけないで下さい。何も知らない癖に、サクラのこと悪く言うのやめてくれませんか」

 「何よ!あんただって、スケベな目でその子を見てるんでしょ。ベタベタしてるのがその証拠よ」

「友達同士でもあれくらい普通にあるでしょう?あんたが想像してるような事なんてありません。むしろ、すぐにそういう思考になるあんたの方が、サクラの事いやらしい目で見てるんじゃないですか」

「なっ、何ですって?!」

 

 花岡の言葉に、女子は声を裏返らせた。

「そ、そんな事あるはずないじゃない!」

 喚く女子の後ろで、不良グループのメンバーが花岡を睨みつける。

 しかし、花岡はお構いなしに続けた。

「その割には、顔真っ赤ですけど。サクラ、イケメンで可愛いでしょ?正直、あんたより遥かに可愛いですよ」

 

「ななななっ…」

「花岡!」

 狼狽する女子の声と、制止する桜の声が重なった。

 

「もうお前やめろ!すみません先輩、ここ教室だし、話があるなら昼休みにでもいいですか?!体育館裏でも階段下でも行きますので!」

「も、もういいわよ!」

 

 女子は叫んで、恥ずかしそうに顔を覆って教室を飛び出していく。

「あっ、ちょっと!…サクラ、昼休み裏庭に来な!」

 どうやらグループのナンバー2らしき短髪の茶髪女子がそう言って、彼女達も大急ぎで教室を出ていった。

 

「な、なんだったんだ…」

 桜が茫然と呟いた時、見計らったように二時間目開始の予鈴が鳴った。

 

12.晴夏の心

10.追いかけっこと、告白と

 

 

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