ケンカと仲直りと… (桜田桜の日常13)
二時間目が終わると同時に、桜は席を立った。
人が来ないうちに、トイレへ行くのだ。
廊下に沢山の野次馬がいる状態では、用足しの一つも行きづらい。
急いでトイレに入ると、まだ誰もおらず、桜はホッと胸をなで下ろした。
用を足し、手を洗って出ようとしたところで、数人の男子生徒が入って来た。
「あれ?もしかして、今朝ダッシュしてたやつ?」
一人が桜の顔をジッと見つめ、後から入って来た友人を振り返る。
「あ、そうそうこいつ」
「へー」
「ふーん、成程ね」
ぶしつけにジロジロと見られて、桜は眉を寄せる。
「あの、出たいんですけど」
彼らが出入り口を塞いでいるので、出る事ができないし入りたい人も入れない。
「ああ、悪い悪い」
「ついジロジロ見ちゃったよ。ごめんね~」
意外とあっさりとどいてくれた。
てっきり絡まれるパターンかと思ったが、ただもの珍しかっただけのようだ。
廊下にはまた野次馬がいて、桜が歩いていくと、女子のグループがきゃあきゃあ言いながら指を差してくる。
(何だよ、人を指差すなよ)
感じ悪いし、居心地が悪い事もこの上ない。が、桜は無視して教室に入った。
席に着くと、花岡達がやって来た。
「ちゃんと行けたか?」
深山に問われ、桜は頷いた。
「ダッシュで出て行ったから、絶対トイレだって話してたんだ」
「変なやつに絡まれなかったか?」
「うん。ジロジロ見られたけど、大丈夫だった」
「美人と付き合うと、大変なんだなぁ。俺の彼女なんか普通だから、そんな苦労はした事ないぜ」
花岡が、彼女に聞かれたら怒られそうな事を言ってハハハと笑った。
「そう言えばお前、さっき『昼休み裏庭に来い』とか言われてたけど、マジで行くのか?」
桑尾の問いに、桜は「行くよ」と答える。
「どこでも行きますって言ったの、俺の方だし」
「やめとけよ、あんなやつらに構う事ないって」
「あれは、あの場を治める為に言った事じゃん。必ずしもその通りにしなきゃって事じゃないと思うけど」
桑尾と花岡は、険しい表情で口々に反対した。
「でも、行かなかったら逃げたって思われそうだし、それで色々言われるのも嫌だし」
「そんなの、言いたいやつには言わせておけって」
「危ない目に遭わされでもしたらどうするんだよ。女って怖いぞ」
「それは知ってるよ」
「それでも行くってのかよ」
「だったら俺らも行くし」
「え、大丈夫だよ。お前らまで巻き込むつもりなんてないし」
桜がそう言った途端、花岡達の表情が、心配から怒りに変わった。
「サクラちゃんには、俺らは必要ないって事かよ」
「マジで心配してんのに、わかんねえの?」
「襲われても知らねえぞ!」
「襲われ…って、まさか」
「まさかじゃねえよ!サクラは、危機感が足りなさすぎるんだっての!」
いきなり怒鳴り出すので、桜の方もカチンとくる。
「何だよ、お前らだって大丈夫だって言ってた癖に!」
「あれは、サクラちゃんが不安がってたから安心させる為に言っただけだっての!そんな事も分かんねぇのかよ!」
「なっ!」
「だいたいお前は無自覚すぎるんだよ!男も女も、お前のこと下心丸出しの目で見てるやつなんていくらでもいるんだぞ!」
怒り極まった花岡は、クラスメイトや廊下の野次馬の存在も忘れて、そんな事を怒鳴り散らした。
あまりの衝撃に、桜は言葉を失い、ただ彼を見つめるしかできない。
ショックだった。
危機感がなさすぎる、自覚がなさすぎると、怒られた事も。
下心丸出しの目で見ている人がたくさんいると、言われた事も。
それを、クラスメイトだけでなく、野次馬達もいるところで、ハッキリと告げられた事も。
全部、ショックだった。
でも同時に、嬉しくもあった。
あんなに怒るぐらい、心配してくれている気持ちがひしひしと伝わってきたから。
「ごめん」
桜の言葉に、花岡はハッとしたようだった。
「俺こそ、ごめん。ついカッとなった」
花岡は、後悔しているような、思い詰めた表情で頭を下げる。
「うん、いいよ。俺も悪かったし。心配してくれてありがと」
花岡がどうしてあそこまでつらそうな顔をするのか桜には分からなかったが、少しでも気持ちをほぐしてあげたくて、微笑んで見せる。
「サクラちゃんっ…ごめん!」
花岡は短く叫ぶように言って、桜に抱きついてきた。
「うわっ?!」
「マジでごめん!あんなこと怒鳴るとかどうかしてた!」
「もういいって!気にするなよ」
「サクラちゃんって、マジでいい子だよな…昔から」
「…え?」
昔から?
まるで以前から知っていたかのような口ぶりに、桜は驚いて花岡を見る。
「どういう事だよ?」
桑尾達も、驚きを隠せない表情だ。
「やっぱりサクラちゃんは忘れてたか」
苦笑したような、少し寂しそうな表情で花岡が説明しようと口を開きかけた時、三時間目開始を告げるチャイムが鳴った。
(俺が、忘れてる…?)
桜は授業の間中、その事が気になって頭から離れなかったが、いくら考えても、思い出す事はできなかった。