縞衣の小説ブログ

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待ちぶせ (桜田桜の日常18) 

 五時間目は体育だ。

 あんなに緊張していたのが嘘みたいに、晴夏とのランチタイムは楽しく、打ち解けていろんな話ができた。

 そのせいで、ついつい次が体育だという事を忘れ、ギリギリまで裏庭で過ごしてしまったので、桜は現在、一人で体育館にある更衣室へと向かっているところだ。

 廊下から外に出て、屋根のついた通路を通るのが正規のルート。が、そこを通らず中庭を突っ切ってダッシュした方が時間は短縮できる。

 

(校内用のスリッパで外をダッシュするのはまずいよな…)

 結局中庭には出ず、通路を足早に歩く。この通路はスリッパだと滑りやすく、ダッシュすると危ないからだ。

 ちょうど角の辺りに男子生徒が立っているのが見え、桜は若干スピードを落とした。

 見た事のない生徒だ。スリッパが赤だから、三年生だ。

 

(こんな所でどうしたんだ?)

 もうじきに五時間目が始まってしまうのに。

 不思議に思ったので、そちらに注意が向いた。

 一瞬目の合った男子生徒は、ニッと笑い、右手をひらひらと振る。

(え?!)

 

 後ろに誰かいるのかと、桜は思わず立ち止まって振り返る。

「あはは、君を待ってたんだって。1年D組、桜田桜君」

 男子生徒はそう言って、道を塞ぐように通路の真ん中に立った。

「な、何で俺の名前を…?」

「そりゃ知ってるって。君って結構有名だし、俺は新聞部部長だからね。情報には耳が早い方だと自負してるよ」

 

「有名…って、俺がですか?」

 首を傾げる桜に、新聞部部長は「へー、本当に自覚ないんだ」と近寄ってくる。

「な、何ですか」

 桜が後ずさると、新聞部部長もその分間合いを詰める。

「ははは、何もしないって。ただいくつか質問するだけ。そんなに怖がらなくてもいいよ」

「怖がってません」

 

「そうかな?て言うか、少し意外だな。君がどういう人か知らなかったけど、あの『晴夏様』に告白されてうんって答えるような子だから、ちょっと変わってるか、余程テクに自信があるか、女に見境のないようなやつかと思ったんだけどね。見たところ、君は至って普通だな」

「別にいいでしょう普通で。もう授業なので、行ってもいいですか?」

「はは、それは君が決める事だろ?さっきからずっと後ずさったままだけど、そんなに俺が怖い?晴夏様に告白されてどんな気分?見た感じ、舞い上がってはいなさそうだけど。二年の不良グループが教室に押し掛けたそうだけど、何かされた?呼び出し受けたって話だけど、裏庭には行ったんだろ?結果的には、晴夏様とラブラブな時間が過ごせただけだったみたいだけど」

 

 ペラペラと好きな事を話す相手に(何だこの人…)と思っていた桜だったが、最後の一言に思わず後退をやめる。

「おっ。話してくれる気になった?」

 嬉しそうな顔をする相手を、桜は思い切り睨みつけた。

 相手は背が高い。身長差が結構あるのが悔しいが…。

 

「見てたんですか?プライベートの侵害ですよ」

「はは、ただ見てただけだよ。写真も撮ってない。良心的だろ?」

「どの口が言うんですか?」

「ふーん、結構言うね。俺、一応三年で、君の先輩なんだけど。晴夏様にもこんな調子?それとも、彼女の前ではいい子ぶってるのかな?」

 

「いい子ぶってません。先輩も行かないと、授業に遅れますよ」

「そうだな、あと一分で授業開始だからね。君は、体育なのに着替えてもいない。俺より君の方がまずい状況だな」

「分かっているなら、行かせて下さい」

「君みたいに気の強い子は嫌いじゃなくてね。つい苛めたくなる。性格悪いって、言っても無駄だよ。自覚あるし、言われ慣れてるからダメージがない。逆に君がうんざりするだけ」

「…」

 どことなく晴夏を思わせるような言動が多少気になり、桜は新聞部部長を観察するように見つめる。

 

「お、俺に興味持ってくれたようだね。君が女の子だったら、俺の好みど真ん中なんだけど。惜しい」

「…」

 こんな事を堂々と口にするところが、やはり晴夏に似ている。

(こんな人と…嫌だな)

 しかし一度似ていると思い始めると、なんだか顔立ちまで似ているような気がし始めた。

(いやいや、そんなはずないから)

 

 もう授業が始まってしまう。桜は溜息をついた。元々、彼が通路の真ん中にいるから通れないなんて事はない。ただ、通ろうとしたら妨害されるだろうと、状況から勝手にそう判断してしまっただけだ。

「もう行きます」

「待ちなよ。どうせもう遅れるんだし、慌てるなよ」

 ぐいっと腕を掴まれて、桜は思わずその手を振り払った。

 

「何するんですか?!」

「はは、そう怒るなよ。毛逆立ててフーって威嚇してるネコちゃんみたいだぞ」

「ね、猫…」

「俺、猫好きなんだよね。君が女の子なら、すぐにでもモノにしたんだけどね。何せ、狙った相手は逃がさない家系だから」

「はあ…?」

「ふっ、そういう訳で君は晴夏から逃げられないよ。かわいそうに。あんな男女、俺なら絶対にお断りだけどな。しかしまあ、晴夏が君を気に入った理由はよく分かる」

 

 さっきから『晴夏』と繰り返し呼び捨てにする相手に、一体この人は誰なんだと思い始めた。

 ただのクラスメイトにしては馴れ馴れしい。彼女はあんな性格だから、仲のいい友人も男子が多いのかもしれない。

 目の前の男は背がスラリと高く、おそらく百八十はあるだろう。サラリとした前髪が長めでうっとうしいが、笑った感じやチラチラとのぞく切れ長な目が、やはり晴夏に似ている気がする。

 

「先輩、名前を教えて下さい」

「俺の名前?どうして?」

「俺だけ名前を知られているのも不公平ですから」

「ふうん、成程ね。でも俺、名乗りたくないかな。バレたら晴夏に蹴られるし」

「先輩は…葛先輩の身内の方ですか?」

 

 思い切ってそう聞いてみると、相手はニヤリと笑って前髪を掻き上げた。

「結構似てるだろ?それなのに、俺はちっともモテないんだよなー昔から。これこそ不公平だと思わねぇ?」

「それは…先輩が軽いからじゃないですか」

 へらっと笑う相手に思わずそう言うと、「はは、ハッキリ言うな。桜君」と彼は楽しそうに笑う。

 

(なんか…こういうところも似てる…)

 何ともつかみどころのない、独特の雰囲気が。

「まあ俺がモテない理由はいろいろあるだろうが、両親の名前の付け方もまずかっただろうぜ。何で晴夏は晴夏なんていい名前なのに、双子の兄貴の俺は春菊(しゅんぎく)なんだよ」

 

「ふ、双子の兄…?」

 桜は、すでに授業が始まってしまっている事も忘れて、じっと目の前の男を凝視する。

「あ、やだなそんなに見られちゃ照れちゃう。桜ちゃん可愛い顔してエッチ」

「……そういう事を言うからモテないんじゃないですか」

 桜は額に手を当てる。何だかめまいがしてきそうだ。

 

「双子…と言っても、二卵性ですよね…?」

「そうだね。男と女の双子の場合、一卵性って事はほとんどないからね。よく知ってるじゃん」

 ふふふ、と笑った彼は、ブレザーに手を入れ、黒縁眼鏡を取り出した。

 

「一卵性じゃないから、別にソックリでもないんだな。おまけにこれかけると、ますます晴夏とは違って見えるだろ?」

「そう…ですね。目元が眼鏡で隠れるから…」

「あー、もう授業始まって五分過ぎたー。呼び止めて悪かったな。昼休みは晴夏がベッタリだったから、近づくに近づけなかったからさ。ごめんよ」

 

 そう言って、新聞部部長…葛春菊先輩は、桜の頭をぽんぽんと撫でた。

「晴夏のやつ、男勝りでキザだけど、愛想つかさないでやってくれ」

「…はい」

 

 桜が頷くと、春菊はニッコリと笑って桜の耳元に顔を近づけ、

「あんなやつでも、妹だからな。あっさり捨てたり乗り換えたり二股かけたりするんじゃねえぞ」

 低くドスの効いた声で、そう言った。

 

「…肝に銘じます」

「よし。約束破った場合、覚えとけ。お前は無自覚らしいが、モテてるんだからな。他のやつに言い寄られるなよ」

「…分かりました」

 

「特に男、気を付けろ。お前、中性的で女顔で可愛いって一部の男からの支持率高けぇんだから」

「えっ…」

「何驚いた顔してんだ、バカ。うっかりしてると襲われんぞ。そういう訳で、お前今度の週末、うち来て特訓決定。晴夏の男になったんだったら、我が身くらい守れるようになってもらわんとな」

「特訓、ですか?」

「おうよ。あ、これ晴夏には内緒にしとけよ。サプライズでお前を呼んで驚かせんだから。それと、俺が新聞部の部長って言うのは真っ赤な嘘だからそこんとこヨロピクピク」

「はあ…」

 

 じゃあ悪かったな、と片手を挙げて去っていく葛春菊の背中を、桜は唖然として見つめた。

(妹を泣かすなって事だろ?そこだけ言えばカッコいいのに…)

 

 話し方がコロコロ変わったりふざけた事を言ったり、掴みどころのなさは晴夏以上だ。

(晴夏先輩は普通の女の子と違うけど、お兄さんよりは普通だよな?)

 思わず自問自答してしまうのは、まだハッキリそうだと言える程、彼女の事を知らないからだ。

 

(いや…でもなんか、そっくりな気もしてきたな…)

 顔は確かに瓜二つではなかったが、しかし性格的にはかなり近いものを感じる気がする。

 

(先輩と言い、お兄さんと言い…個性の強さはすごいな。どんなお家なんだろう)

 週末家にと誘われてしまったが、しかし彼女に内緒になんてできるだろうか?

 

 そこまで考えて、桜はハッとした。

(授業!)

 つい彼のペースに乗せられて、すっかり頭から抜けてしまっていた。

(おそるべし葛家!)

 

 もう滑るなんて言っていられず通路をダッシュしながら、桜は大真面目にそう思ったのだった。

 

19.的中した悪い予感と、彼女の腕の中

17.ガッカリと照れちゃう

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