縞衣の小説ブログ

縞衣(しまころも)の創作小説サイトです。

4.猫になりたい(猫のほっぺと僕の日常)

「あの、土曜日の休みを替わって頂く事って可能ですか?」
 翌日、僕はどうにか灯路の勉強に付き合うために、少し苦手な末本(すえもと)さんにそう声をかけた。
「あ?」
 今は昼休憩中だ。テレビを見ていた他のスタッフ達が、とたんに興味津々といった顔で僕らに視線を向けてくる。
「何だお前、いきなりデートか」
「や、デートじゃないです」


 いきなりってどういう意味だろう?と不思議に思いつつ事情を説明すると、末本さんは眉間にしわを寄せ、正面に座っている僕をじっと見る。
「俺がどうして土曜休みか知ってるか?」
「いえ」
「別に用事はないんだがな。たまには週末に休みたくて、ダメ元で希望出したら貰えたんだ。こんな事、滅多にないだろ」
「そうですね…。この話は忘れて下さい、すみませんでした」
 ぺこっと頭を下げると、末本さんは思い切り溜息をついた。


「えらい引き際がいいのな。用事はないって言ってんのに」
「え、でも…」
 こんな事は滅多にない、という言葉は、遠まわしな断り文句なのでは?
「あのな。俺はダメだったらダメってハッキリ言う」
「…はい」
「けどお前がそんな態度じゃ、進んで替わってやるのも気が引けるわな。すぐ諦められる程度なのかってな。違うか?」


 ――手厳しいが、言いたい事は理解できる。
 僕は末本さんの目をまっすぐに見つめ、
「お願いします。土曜のお休み替わって下さい!」
 思い切り頭を下げると、「分かった」という声が降ってきた。
「ほんとですか?!」
 がばりと顔を上げた僕に、末本さんは無言で頷く。
「ありがとうございます!」
「その代わりと言っちゃなんだが、今度奢れ」
「はい!」
「で、お前の休みはいつだ」
「木曜です」
「明後日か。元々明日休みだったから、連休になるな。思わぬラッキーだ」 
 機嫌よく言われ、僕はホッとした。


「んで、どんな女とデートするんだ? 青木の紹介で会うんだろ」
「は?」
「は、じゃなくてどんな女かって聞いてんだけど」
「末本さん、僕の話聞いてました? 弟の勉強に付き合うんですよ」
「そんなのは口実で、ほんとは女とデートだろ? 実は脱童貞しなきゃって焦ってんのか?」
 ん?とニヤニヤ笑う末本さんに、僕は「違いますったら」と溜息をこぼす。彼のこういうところが苦手なのだ。
「今のは何の否定だ? 女とデートってところなのか、それとも童貞じゃないって言いたいのか?」
「デートじゃないって言いたいんです」
「じゃあ、童貞だって事は否定しない訳だ」
「…そんなの今さらでしょ。どうせみんな知ってるんだし」
 やれやれと肩をすくめる僕に、末本さんは声を上げて笑う。


「潔いよなあ、お前。意外と男前だぜ」
「それはありがとうございます」
「俺に褒められても嬉しくないってか?」
「褒めて…って言うか、からかってますよね?」
「半々なんだぜ? 一応褒めてもいるつもりだ」
 ニヤニヤ笑う末本さんに「とにかく、お休みの件はありがとうございます。後で事務員さんにも伝えておきますね」と言って、僕は話を打ち切ろうとした。社員同士で休みを交代するのは自由だが、シフトは既に決まっているので、変更を伝える必要があるのだ。
「俺が伝えておいてやろうか? お前が青木から女を紹介してもらうって話で持ち切りだったから、多分いろいろ聞かれるぜ」
「えっ、何ですかそれ!」
 なんでそんな話で持ち切りになるのか分からない。いい話のネタにされているという事だろうが、面白いんだろうか。
 ふと周囲を見ると、ニヤニヤしているのは末本さんだけではなかった。女性も含め、この部屋にいる僕以外の全員が、同じような表情を浮かべている。


「な、何ですか?」
「青木君に紹介してもらうって事は、ミナ君は年下好みかぁ。残念」
 先輩の女性社員である笹川(ささがわ)さんが、ちっとも残念そうではない顔でそう言う。いや――結構な美人なのにニヤニヤと品のない表情を浮かべているから、むしろその事が残念だ。
 こういう時、弓さんなら微笑ましそうな表情を浮かべるんだろうな、と思った僕は、もしかして年上好みだったりして?と、ふと思った。
「僕、年上の方が好きかもです」
 試しにそう言ってみると、笹川さんは「へー」と言ってキラリと瞳を光らせる。


「お、目つけられたぞお前」
「え?」
「ミナ君、結構積極的じゃない? 今の会話で『年上が好き』って言ったら、私に対してもまんざらじゃないって意味にとれちゃうけど?」
「へっ?!」
「あはは、ミナがそんな事に考えが及ぶと思うか?」
「ですよねぇ。ちょっと期待しちゃった」
「き、期待って何ですか。笹川さん、彼氏いるんでしょ」
 美人な彼女には、イケメンな彼がいるはずだ。以前、お店に来た事があるから間違いない。


「あー、あの男ならとっくに別れたわよ。あの最低野郎、二股どころか四股かけてた上に、私の事は体目当てだったのよ。『お前なんて顔と体だけの癖に』とか言ってきたから、『そう言うお前はおまけに下衆野郎だろうが』って言って顔面にグーパンチお見舞いしてやったわ」
「ええっ!」
 ドラマじゃなくても本当にそういう事があるのか、と驚く僕に、末本さんが「幻滅したろ」と笑って言う。
「あ、いえ…。四股は最低ですよね。でも、顔面にグーパンチって、手痛くなかったですか」
 僕の言葉に、末本さんは「そこかよ」とツッコミを入れ、笹川さんは、「痛かったけどスッキリしたからいいの」とニッコリした。


「ふふ、あの野郎、私のパンチ食らって鼻血噴いたのよ。治療費払え、とか言うから、『だったら四股かけられて精神的苦痛を受けたんだからそっちも慰謝料払いなさいよ』って言い返したら、捨て台詞吐いて逃げてったわ。ほんとに顔だけの男だったのね」
「ええっ…。大丈夫ですか? 逆恨みとかされてないといいけど…」
 元恋人にナイフで刺される、といった事件はちょくちょくニュースでやっているから、つい心配になってしまう。


「あら、心配してくれるなんてミナ君優しい。ふふ、ほんとに期待しちゃうけど?」
「あ、僕、妹がいるからついそういう風に考えてしまうと言うか…」
 笹川さんからの堂々としたアプローチ(?)に慌てた僕は、気づいた時にはそう口走っていた。
「ふーん、妹ちゃんもいるんだ。あれ、もしかしてミナ君って長男?」
「いえ、兄がいます」
「そうよね、長男って感じしないものね。それなら納得」
 頷く笹川さんに、それはどういう意味なんだろう…と思ったが、あえて突っ込まなかった。返答によっては、かなり落ち込むかもしれないから。


「ちなみに、お兄さんは結婚されてるの?」
「はい。子どももいますよ」
「そっか。だからミナ君、割とのんびりしてるのね。なんか、彼女つくらなきゃって慌ててる様子もあまりないし。青木君から女の子紹介してもらうのだって、なんか流れでそういう話になっちゃったんじゃないの?」
「えっ、よく分かりましたね! 実はそうです」
「やっぱりそうかぁ。じゃあ、私にも少しはチャンスがあるって事かな?」
 にっこりと微笑みかけられ、僕の頬は一気に熱くなった。


「やーん可愛い~」
「や、やめて下さいっ。僕、そういうの免疫ないから本気にしますよ?」
「そうしていいよ? 今度デートでもどう?」
「えっ、デート…」
 こんな風に誘われた事がなかったので、どう返していいか分からず困る僕に、笹川さんは何を思ったのか、こんな事を言った。
「大丈夫よ、ミナ君が軽くない事は分かってるし、私もガツガツした男はもうこりごりだし、いきなり襲い掛かったりしないから安心して」
「そんな心配してませんよ!」
 ついつい大声を上げると、なぜかどっと爆笑された。


 笹川さんも一緒に笑っていたから、どうやらさっきのお誘いも冗談だったらしい。まあそうだろうとは思ったけど……微笑みかけられて少し本気にしてしまった自分が恥ずかしくて、僕はテーブルの下に逃げ込みたくなった。
 ああ、なれるものなら猫になりたい。そしたら、寝床に入って寝ちゃえばいいもんな。
 そう考えると、僕は無性にほっぺに会いたくなった。

3.弟からの電話

 

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『猫のほっぺと僕の日常』今年に入って初めての更新です。

もう7月なのに……超スローペース更新で申し訳ありません。

クリスマス短編をしないかわりにどこかで短編書きます…と言いつつそちらも未だに書かず仕舞い。

次回の更新もいつになるか未定ですが、なるべく近いうちにと思いますので、気長にお付き合い頂けますと幸いです。

 

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