縞衣の小説ブログ

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和希、七海、深優(岩尾七海とSevenSea7)

 和希は、七海の性別など本当にどうでもいいようだった。顔を真っ赤にさせた後は先程までよりもさらに敵意を強くし、どんっと七海の腕に体当たりするようにして至近距離で睨み上げてくる。
「和希君」
 そんな和希に、深優が抗議する。が、和希の耳には入っていないか、あるいは入っていても敵意の方が優先らしい。こういうところはいかにも男らしい馬鹿な部分だよな、と思いながら、七海は両目を細めた。


 七海の性別は女だ。が、自分の性格がかなり男性的である事を、七海はとっくに把握している。残念ながら、女性が見て馬鹿だと思う愚かさを七海自身も持っている事も、やはり知っていた。
 こうして戦いを仕掛けられたら受けて立とうと思ってしまうし、今の場合、逃げるべきではないとも思う。男の世界は女の世界よりも、より力がもろに互いの関係性に影響すると言えるだろう。
 それをよく分かっているからこそ、馬鹿みたいだと思っても避けられない場合だってある。
 別に和希に対して力を誇示する必要はない。が、舐められてしまっては誤解を解く事も叶わない。だからと言って怒って帰らせてしまっては、わざわざ深優に連れて来てもらった意味がなくなってしまう。難しいところだ。


「睨んでばっかで、質問はないのか?」
 七海がわざと挑発するように問うと、和希は固く引き結んでいた口を開いた。
「深優に指一本触れた事がないと言い切れるか?」
「それは無理だ。手に触れた事ぐらいあるし、それより触れた事もある」
「それより…ってどういう事だ。まさか、胸とか尻とか触ってないだろうな」
 嘘をつくのは簡単だ。が、そうしたところで和希が信じるとも思えず、七海は正直に答える事にした。


「尻は触ってないと思う」
「はあ?!じゃあ胸は触ったのかよ!」
「和希君、七海は友達だよ!」
「友達だったら胸揉ませるってのか?!」
「いや、別に揉んだとは言ってないだろ」
「じゃあ揉んでないんだな?!」
「うーん、揉んだと言えば揉んだかな?おれにはないものだから、触らせてもらって、ちょっとむにゅむにゅするくらいは……」
「ムニュムニュ?!やっぱ揉んでんじゃねぇか!」


「だから、七海は友達だってば!それに女の子!問題ないでしょ!」
「男より男らしいのに、女の子じゃないだろ!それに性別は関係なく、下心があったかもしれないだろうが!」
「そんなのある訳ないでしょ!」
「深優はそう思ってても、こいつは違うかもだろ!」
「こいつ?!和希君、今七海をこいつって言ったの?!」
 まずい、これは完全にまずい流れだ。七海は頭に右手を当てた。


「二人とも、ちょっと落ち着いて…」
「こいつって言うのがそんなに悪いか?!彼女の胸を他の男に揉まれて、文句言わない男なんかいねぇよ!」
「だから七海は女の子だってば!」
「これのどこが女だよ!仮にそうでも、下心があったに決まってるだろ!」
 これには七海もカチンとくる。女に見えないのは致し方ないが、下心があったのは当然だと決めつけられるのは心外だ。それに、二人がこちらを無視して話を聞いてくれないのも頂けない。


「ちょっと二人とも――」
「どうして和希君はそうやって何でも決めつけちゃうの?!」
「俺がいつ何でも決めつけたよ!」
「だってそうじゃない!和希君、私が一番好きな色はピンクだって思ってるでしょ?!でも本当はパステルグリーンだからね!」
「はぁっ、ピンクだろ?!」
「ほら決めつけてる!確かにピンクも好きだけど、一番はパステルグリーンなの!」
「そ、そうだとしても今はどうでもいい話だろ!」
「良くない!それに『そうだとしても』って何?!本人が言ってるのに疑うの?!そんなに私が信じられない?!」


 これはいよいよ宜しくない。
 決めつけたという内容が可愛らしかったのでしばし黙っていたが、これ以上続けさせる訳にはいかない。が、和希とは初対面だしお客様としてここへ来てくれたし、怒鳴りつけるのもいかがなものか。
 仕方ない。七海は腹を決めた。


 作務衣の紐を解いて上衣に手をかける。するりと脱いでイスの背もたれにかけ、ズボンのウエストに手をかけたところで、深優が七海の行動に気がついた。
「ちょっと七海、何やってるの?!」
「服を脱いでる」
「だからどうして?!」
「裸を見れば、和希君も納得するだろ」
「そ、そんなのダメに決まってるでしょ!」


「でも、それが一番確かな方法だろ。大丈夫、今までにも同じ手段取った事あるけど、みんなビックリするだけだから」
「そういう問題じゃないよ!第一、七海は恥ずかしくないの?!」
「全く恥ずかしくないと言えば嘘になるけど、触らせるよりは見せる方がマシだから」
「だっ、ダメだよそんなの!両方ともダメ!」
 ズボンを下ろそうとする七海の手を、深優が小さな手でぐいぐいと必死になってやめさせようと引っ張る。七海の力の方が強くなかなか阻止できずにいるのを見て、和希が「もういいです!」と叫んだ。


「分かりました、信じますから!裸になるのはやめて下さい!」
 そう言った和希の顔は真っ赤で、どうやら先程までとはまた違った理由でそうなっているようだった。七海と視線が合うと、慌ててパッと逸らして片手で顔を覆う。
「後でやっぱり信じられないって言わない?」
「言いません!裸にまでなろうとしたのは、嘘じゃないからでしょ?!だから信じます!」
「そう、そりゃ良かった。後でやっぱりとか言うなよ」
「言いませんから、服を着て!」


 耳まで赤くしている和希に、七海は眉をひそめた。ただ作務衣の上を脱いだだけなのに、何でそこまで赤くなる必要があるのか。
 七海が訝しく思っていると、深優が「ああっ」と悲痛な声を上げた。
「和希君、こっち見ないで!七海、ズボン脱げてるから!」
「あ」
 脱ぐのを阻止しようとする深優に抵抗している内に、いつの間にかズボンが太腿辺りまで下がり、下着が丸見えになっていた。成程、それで和希が慌てて脱ぐなと言ったのか。七海は妙に納得した。
 七海がズボンを引き上げると、深優がはあっと大きな溜息をついた。和希はと言えば、固まってしまっている。少し気の毒になって、七海は「あの」と呼びかけた。


「まぁ、見ちゃったもんは仕方ないから気にしないで」
「あ、あんたが見せたんだろ!別に見たくて見た訳じゃ…!」
「まあそうですけど。すみませんでした」
 七海が謝ると、和希はグッと言葉に詰まった。
「ちょっと、和希君も謝るところでしょ!そもそも、和希君が変に疑うからこうなったんだよ!七海は、私と和希君が自分の事で仲悪くなったらいけないからって、それであんな事までしてくれたの!それなのにあんたが勝手に見せたとか見たくなかったとか、失礼な事ばっかり言って!」
 深優は怒り心頭していて、頭に角が何本も見えそうなくらいだった。こんなに怒っている深優を見るのは初めてだ。


「……すみませんでした」
 和希は謝罪を口にしたが、俯いていて声も小さかった。
「ぜんっぜん聞こえないんだけど!」
「すみませんでした!」
「ちゃんと七海の顔見て謝ってくれる?!」
 深優の怒声に、和希はビクッと体を震わせる。深優が怖いのか、七海と視線を合わせるのが怖いのか。両方かもしれない。
 恐る恐る顔を上げた和希は、七海と視線が合うと、「すみませんでした」と言ってサッと目を逸らした。


「もうっ…」
「あー、二人ともごめんね?おれがやり過ぎた」
「違うよっ、七海は悪くない!私こそごめんね、七海の前でケンカなんかしちゃったから!」
 ほんとにごめんね、と深優が両腕を広げて抱き付いてきたので、七海はきゅっと抱きしめ返す。深優は胸が豊かで、触れ合うととてもやわらかだ。コロンのいい香りもふわりと香って、思わずふっと笑いを零すと、和希の視線を感じた。見ると、一瞬のうちに眉間に皺が寄っている。裸にまでなろうとしたのだから本当に女なのだと頭では理解したものの、感情の方はついていけていないらしい。


(そりゃそうだよな、おれビジュアル的にはほぼ完全に男だし)
 ぽんぽんと深優の背中を優しく叩くと、それを合図に彼女が離れる。和希は咳払いをして背を向け、頭を掻いた。それから思い切ったようにパッとこちらに向き直り、今度はちゃんと、真っ直ぐに七海の顔を見て口を開く。
「――良ければ一緒に飯どうですか」
「えっ、飯ですか?」
「あー……申し訳ない事したので、奢りますんで」
 和希の提案に、深優がパッと表情を明るくさせた。こういう切り替えの早さは、なかなか男らしくて好感が持てる。きっと深優もそうなのだろう。


「えっと、今日これからですか?」
「無理ですか?」
「そうですね。片付けもあるしお待たせしてしまうと思うので、後日でも良ければその方が」
「じゃあ明日は?」
「大丈夫です」
「じゃ、明日の夜八時に薄庵(すすきあん)で待ち合わせはどう?ここの近くにあるでしょ」
「OK、じゃあそれで」
 七海が頷くと、深優が嬉しそうに笑いながら二人の顔を交互に見る。


「何だよ」
 ぶすっとした声で問う和希に、「嬉しくって」と深優は素直な答えを返した。
「二人が仲良くなれそうだから、嬉しいの」
「…そりゃ良かった。けど、あんま期待すんなよな」
「えっ、どうして?」
「……こんなイケメン相手に、嫉妬すんなって言う方が無理だから」
 和希の、やはり素直な返答に、七海は思わず吹き出した。


「なっ、何がおかしいんだよ?!」
「いやだって、えらく素直だから。そういう事って普通、隠しとくだろ?」
「俺が普通じゃないって言いたいのかよ」
 ぶすっとする和希に、七海は顔がニヤついてしまうのをどうしても抑えられない。
「ニヤニヤすんなよっ」
「悪い悪い、可愛いからつい」
「か、可愛いって誰が…」
「ん?和希君、可愛いよな?深優」
「う、うん」
 七海に突然話を振られて少々面食らいながらも、深優は否定する事なく頷いた。その頬はうっすらと赤い。照れているのだ。


「なっ、何言ってんだ、俺が可愛い訳ないだろ。どこが可愛いってんだよ」
 和希は、特にイケメンという訳ではなく普通だ。それに目力が結構強かったし、可愛いと表現する人は確かにあまりいないのかもしれない。
 が、七海が言っているのは内面の話だ。
「褒められてるんだから、ありがとうって言っておけばいいんだよ」
「そ、そうはいくか。どこが可愛いのか言ってみろよ」
「聞きたいの?別にいいけど、多分それ聞いたら和希くん怒ると思うよ」
「いいから言えよ」


「じゃ、言うけど。例えばさっき、おれに身長届いてないのに、至近距離でガンつけようとして、必死になって背伸びまでしてたよね?あれ、めっちゃくちゃ可愛かった」
 七海の言葉に和希は一瞬ポカンとして、それから弾けたように顔を真っ赤にさせ、「してねえ!」と大声を上げた。
「確かにガンつけたけど、背伸びなんてしてねぇぞ!」
「いや、してた。身長足りてないと思ったら、途中でスッと目線が上がった」
「し、してないからな!」
「それに、ちょっとふらついてたし。あれ、背伸びしてたからだよ」
「してないって!」
「そんなムキにならなくてもいいだろ」
「あんたがしつこいからだよ!」


 和希はフンっと鼻を鳴らして踵を返すとズンズンとドアへ向かったが、何か思い出したように立ち止まると、再び踵を返してこちらへ戻って来た。
 その手には財布が持たれており、七海は「今回はサービスで」と早口に告げる。
「何で」
「いや、何か申し訳ない事になっちゃったし、今回はサービスさせてほしい。明日奢ってくれるんなら尚更」
 五百円じゃ割に合わないけど、と付け加えた七海に、和希は軽く頷きながら財布をジャケットの内ポケットにしまう。


「ま、そういう事ならありがたく」
「ありがとう」
「なんでそっちが礼言うんだよ、こちらこそありがとう」
「どういたしまして」
「ま、腕いいし今度から世話になるんで」
 よろしく、と頭を下げる和希に、七海も礼を返す。


「こちらこそ、今後ともよろしくお願いします」
 営業スマイルを向けると、和希はなぜかじいっと見つめてきた。
「何?」
「や。そうやって笑うと、表情やわらかいなって」
「そう?ありがとう」
 微笑む七海に、和希は赤面して視線を背けた。
「そ、それじゃ今日はどうも。また明日。行こう深優」
「うん。七海、今日は本当にどうもありがとう。また明日ね」
「うん、気をつけて」
 二人を見送ると、七海はほうっと息をついた。


「ま、結果オーライか」
 とりあえず、二人がケンカ別れする事は防げた。それで良しとしよう。
 明日が楽しみだな、と思いつつ、七海は閉店作業に取り掛かった。

 

8.帰宅中

6.深優と彼氏

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