懐が広い?(桜田桜の日常6)
部長から解放された桜は、体育館へ向かった。
花岡に、預かった入部希望書を渡す為だ。
いつもより遅い時間になり、ちょうどバスケ部も練習を終える頃だった。
体育館から部員がぞろぞろと出てくるのに出くわし、桜は花岡の姿を探す。
「どうしたの、何か用?」
部員の一人が、桜に声をかけた。
「花岡君に用事があって」
「ああ。一年は用具の片付けしてるから、もう少し待って」
「ありがとうございます」
「君、もしかしてサクラって子?」
スラリと背の高いその先輩は、階段を下りて桜に歩み寄る。
「はい。桜田です」
サクラというのは呼び名だし、桜自身はあまり好きではない。
だから名字を名乗ったが、「やっぱり」と笑う先輩は、その辺の事はあまり気にしていなさそうだった。
「一年がよく話してるからさ、『サクラ、サクラ』って。てっきり美少女なんだと思ってたら、男なんだもんな」
「よく話してるって、何をですか」
「いろいろだよ。ま、悪口ではないから安心しな」
「何か気になります」
「今日は、弁当の話で盛り上がってたよ。『ミートボールがめっちゃ美味かった!』って」
「ははは、大げさですね」
桜が笑うと、先輩も「そうなの?」と言って笑う。
「あいつらが大騒ぎしてるから、俺てっきり、よほど美味かったんだと思ってたけど。あ、そうだ。『あいつ、料理研究部だったんだよ!』って話もしてたよ。あと、部活掛け持ちしてもいいか部長に聞いてたな」
「そうですか」
じゃあやっぱり、入部する気まんまんなんだな。
部長から許可が下りて、本当に良かった。
「あっ、サクラじゃん!ちょうど良かった、話があったんだよ~!」
片付けを終えたらしい一年がどっと出てきて、花岡が桜を見つけるなり駆け寄ってきた。
「テレパシーが伝わったか?!」
冗談を言いながら、桜に抱き付く。
「うわっ、汗がつくだろっ」
「そんなの気にするなよー、料理少年」
「何じゃそりゃっ」
「お前ら、面白いな」
二人の遣り取りを見て、先輩が笑った。
「あ、どうもありがとうございました」
桜が先輩にペコリと頭を下げると、「いいっていいって」と、片手をひらひらさせて去っていく。
いいなぁ、背が高くて。
桜が先輩の後姿を見つめていると、花岡が首に腕を絡めてきた。
もちろんじゃれ合い程度のものだが、背が高くそれなりに体格のいい花岡にされると、体重がかかって重い。
「何だよっ、苦しいだろ?!」
「サクラちゃん。背伸ばしたいなら、牛乳たくさん飲めよ。そして肉をたくさん食え!鶏ばっかじゃなくて豚も牛も食え!」
「牛なんて食えるかよ、高いのに」
「家計気にしてたら背伸びないぞ」
「牛乳だったらちゃんと飲んでるよ、毎日」
「その割りにはあんまり伸びてないな」
二人の会話を聞いて、桑尾がそう言った。
「あっ、桑尾!お前、ゴミ捨て行かなかっただろ!」
「ゴミ捨て…?あっ!!」
桑尾は、言われて思い出したらしい。
「サクラちゃんジャンケンに負けて、お前の代わりに行ったんだよ」
花岡が説明すると、桑尾は「悪い、忘れてた」と、髪をかき上げた。
「マジで忘れてたんだろうな?!」
「でなきゃちゃんと行ってるって!悪い。俺今日、用具を準備する係だったからさ。一番に行かなきゃってそればっか頭にあったんだよ」
「掃除時間中に行けば良かっただろ?!」
「行こうとしたら、先に机運べって女子から言われたんだよ。で、机運んだら忘れた」
「マジか?!」
「それはちょっとやばくないか?」
「確かに、記憶力がやばい」
みんなから口々に言われ、桑尾は頭をかきつつ「ごめん」と謝った。
「ごめん、サクラちゃん!ジュース一本奢るから許してちょ!」
眼前で手を合わせる桑尾に、桜は「もういいよ」と言った。
「わざとだったら締めてやろうと思ってたけど。そうじゃないなら、許す」
「ごめん!さすがサクラちゃん、懐が広い~!」
「それ言うなら、『懐が深い』だろ!」
「あれ、そうだったけ。じゃ、懐が深いぃ~!」
変な節をつける桑尾に、みんなどっと大笑いした。