デートとキスと、指輪と約束(桜田桜の日常 クリスマス特別短編)
「晴夏先輩へのクリスマスプレゼントなんだけど、どんなものをあげたら喜んでもらえると思う?」
桜は、複数の人達に同じ質問をした。
クラスの友人たちの返答はこうだった。
「そりゃ、『俺をあげます♡』ってのが一番だろ」
「晴夏先輩、『桜が16歳になったら婚約する』とかマジで言ってたもんな」
「けどあの人、サクラが高校を卒業するまではエッチは我慢する、とも言ってたぞ?」
「じゃ、『俺をあげます』は無理だから、サクラからキスするってのがいいんじゃないか?」
「あーそれいいんじゃね?」
「頑張れサクラ!応援してるぞ!」
料理研究部の、数少ない男子部員の一人である七屋先輩にも聞いてみた。
「葛先輩の欲しいもの?そりゃお前に決まってんだろ。あぁでもそりゃまだ無理だから、チューしてやればいいんじゃないか?」
部長の凛子の返事はこうだった。
「サクラ君が抱き付いてあげるだけであの人はデレデレのニヤニヤになりますね。耳元で『晴夏さん大好き!』って言ってあげたらなお喜ぶんじゃないですか?でもその場合、押し倒されないように気を付けないとね」
実家に電話し、兄の柳(なぎ)にも聞いてみた。
「晴夏ちゃんが喜ぶもの?そりゃ、『高校卒業したら結婚して下さい!』って言うのが一番だろ。あの子、その気満々だからな。あぁでも、『プロポーズは私からするつもりだったのに!』って拗ねるかもだからそれはやめて…チューするのがいいんじゃないか?え?それ以外で?それだったら俺じゃなくて梅(うめ)とか桃(もも)に聞いてみろよ」
姉の梅の答え。
「アクセサリーとかいいんじゃない?目つむってもらって、その間につけてあげるの。それから『好きです』って囁いてキスしてあげたら、きっと晴夏ちゃん大喜びよ!」
妹の桃。
「私もアクセサリーでいいと思うな。『晴夏さん、キスして』っておねだりするのも萌えるかもよ!あ、アリサさんも桜兄と話したくてウズウズしてるから替わるね!」
義姉のアリサ。
「桜くん、プレゼントはバラの花束、それからハグとキスする!これが一番ですねー!」
恥ずかしいから両親には聞かなかった。
★ ★ ★
25日、桜は晴夏と待ち合わせてデートした。
どこも人で溢れていて、はぐれないようにとどちらからともなく手を繋いだ。
晴夏はヒールのブーツを履いているし、桜よりも少し背が高い。おまけに芸能人かと間違えられるような綺麗さで、ファッションセンスも抜群ときているから、どこに行っても人目を浴びた。
だけどそれさえも気にならないくらい、彼女とのデートは楽しくて幸せで、あっという間に時間が過ぎた。
晴夏を家まで送り、門をくぐる。
まだ、プレゼントは渡せていない。
用意したのは、バラのモチーフのペンダント。小さなジルコニアがはめられていて、キラキラと光ってとても綺麗だ。
姉の梅が言うようにかけてあげたらすごくカッコいいけど…バラの花束と同じで今の自分にはハードルが高く思えたから、普通に手渡す事に決めた。
でも、キスはしたい。
付き合い初めて半年以上経った。キスだってした。
が、それらはいつも晴夏からだった。
まだ、桜の方からキスした事がなくて…だからこそみんな、「プレゼントはキスがいい」と言ったのだと思う。
そんな事情を周囲の人たちみんなが知っているというのは、かなり恥ずかしい気がするけれど…。
「今日は楽しかったね」
庭で立ち止まった晴夏が、そう言った。
「は、はいっ」
「桜は年末実家に帰るんだよね?しばらく会えなくなっちゃうけど、風邪引かないようにね」
「はい、晴夏さんも」
「忙しいと思うけど、電話してもいいかな?」
「も、もちろんです!俺も電話します」
「うん、楽しみにしてる」
「はいっ…」
会話しながら、桜は焦っていた。
どうしよう、いつキスしたらいいんだ?!
その前にプレゼントを渡すのが先?
それとも、チュってした後にプレゼントを渡す方がロマンチック?
「あ、あ」
「桜」
あの、と言おうとしてどもった桜の声と、晴夏の声が重なった。
「は、はいっ」
どうしようカッコ悪い、と真っ赤になって思わず目を閉じた桜の唇に、とろけそうに柔らかくて温かなものが触れる。
思わずびっくりして目を開けると、背中に両腕を回され、きつく抱きしめられた。
その間も唇は重なったままで…優しくついばむようなキスに、桜は夢見心地で両目を閉じた。
「んっ…」
チュッと音を立てて唇が離れ、密着していた晴夏の体が少し離れる。
ふわふわした感覚のまま目を開けた桜の左手を、晴夏はそっと手に取った。
「大好きだよ…桜」
優しくささやかれ、カァッと熱くなった桜の指に、晴夏がそっと、何かをはめる。
「あ…」
薬指には、シルバーの指輪が光っていた。
「桜…。18歳になったら、結婚してくれる?」
「えっ…」
「嫌?」
少し悲しそうに小首を傾げられ、桜は慌てて首を振った。
「やじゃないですっ…」
「ふふ、ありがとう」
晴夏はそう言って、今度は桜の額にそっと口づけた。
「送ってくれてありがとう。帰り、気を付けてね」
「はいっ…。や、違う!俺もプレゼントが…!」
桜は慌ててカバンから小さな包みを取り出した。
「あの、えっと、目、閉じてください…!」
キスは先を越されてしまったが、どうにか頑張って自分からもしたくて、桜は小さな箱を両手で包みながらそう言った。
「ん、こう?」
晴夏が目を閉じる。
心臓がいつになく自己主張して、音が彼女にも聞こえるんじゃないかと思える。
寒いせいで晴夏の頬はうっすらと赤い。長いまつげやきれいな肌にも目がいって、恥ずかしくてたまらなくなった。唇に至っては、直視できない。
桜は固まってしまったが、その間も晴夏はじっと待ってくれている。
(は、早くしなきゃ!チュってするだけだ!)
さっきだってキスしていたんだ、できないはずがない!
桜は思いきって目を閉じると、晴夏に向かって首を伸ばし、軽く唇をとがらせた。
(んっ…?!)
触れた先は、…鼻の先。
(えっ、失敗した?!どうしようどうしよう!鼻の先って、わぁもうどうしよう!)
桜は反射的に晴夏から離れ、彼女にくるっと背を向けてしまった。防衛本能のようなもので、そうしようと思ってした訳ではなかった。
(ああっ、俺晴夏さんに背向けてるっ!どうしよう何やってんだよ俺!)
パニックになる桜の腕にそっと手が触れ、えっと顔を上げた時、背後からキュッと抱きしめられた。
「桜、プレゼントはなぁに?」
「あっ、えっとあのっ…これです!」
桜はギュッと握ってしまった小さな箱を右手にのせ、そっと手を上げる。
「ふふ、可愛い。ありがとう」
「あ…」
プレゼントごと手を握られ、桜は顔を動かした。
彼女の顔が見たい。
ちゃんと目を見て、ありがとうと伝えたい。
「晴夏さん、顔見たい…」
するっと桜の口から滑り出た言葉に、晴夏が息を飲んだのが分かった。
彼女は静かに桜から離れ、顔が見えるように正面に立ってくれる。
「晴夏さん、ありがとう」
「桜…」
「指輪、大事にするね」
「あ、うん…。ちゃんとしたのはまだ買えなくてごめんね」
「そんな…!すごく嬉しい」
「うん…」
微笑む晴夏に、桜も微笑み返した。
★
アクシデントもあったけど、ちゃんとプレゼントを渡せてよかった。
一人で歩く帰り道、桜はとても幸せだった。
(来年は、ちゃんと唇にキスするんだ…!)
無意識に左手の指輪に触れながら、桜はそう心に決めた。
Fin
★おまけ★
「あぁっ、桜が可愛すぎる!」
家に入るなり、晴夏はそう叫んだ。
「お帰り、晴夏」
「ただいま!みんな聞いてよ、桜がキスしてくれたんだよ!鼻先に!」
「え、鼻先?」
「多分ね、桜は唇にしたかったんだよ!だけど緊張しすぎて失敗しちゃったんだね!キスしたのが鼻先だって分かった時の桜の顔、ビックリしたようなショックを受けたようななんとも言えない顔だったんだけど、それがものすごく可愛くて思わず抱きしめちゃったよ…!
おまけに、いつもは奥手なのに大胆にも『晴夏さん、顔見たい』なんて言ってくるし、もうキュン死にするかと思った!キュン死になんてなんじゃそりゃって前は思ってたのに、まさか私がそんな経験する事になるなんて、さすが桜だ…!もう可愛すぎてどうにかなりそう、一緒にいたらいけない事しちゃいそうで急いで別れて来たけど、次に会った時に平常心でいられるか不安だよ!あぁもうさっき別れたばっかりなのに桜に会いたい!帰りだって送ってあげたいけど、そしたらきっと私が送り狼になっちゃうからダメだけどああもうホントどうしよう…!」
一向にやむ事のない晴夏のトキメキ語りに、家族は溜息をついた。
「こっちがどうしようだっての」
「まあ、落ち着くまでは仕方ないさ。幸せそうで何よりじゃないか」
Fin
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短編といいながら結構長くなってしまいました。
楽しんで頂けましたら嬉しいです。