縞衣の小説ブログ

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ちゃんづけは禁止です。 ー3.5ー

 弓下さんが坂上君を連れて出て行ったとたん、何人かが一斉にほーっと息を吐いた。


「え、何でみんなそんなに緊張してるんすか?」
 思わず零した問いに、さっきの数名が一斉に私を見る。
「だってウサちゃん! さっきの弓下さん、めっちゃ怖かったじゃん!」
「て言うか、あれ見ててあんな風に絡めるウサちゃんが信じられない」
「えーそうですか? 確かに迫力あったけど、口だけで手足が出る訳じゃないから平気っすよ」
「いやいや、毎日殴り合いしてた人だよ?! 普通に手足も出てるっしょ!」
「殴り合いは毎日じゃなかったって言ってたじゃないっすか」
「いやでも、タオル投げた時点で手が出てるうちじゃね?」
「あー、あれはタオルって分かってて投げてんだよ」
 八島さんの言葉に、私もうんうんと頷く。


「え、どういう意味ですか?」
「頭に来たから手当たり次第その辺のものを投げた訳じゃなくて、害のないタオルだったから投げたって意味」
「え、そんな判断をあんな一瞬で」
「それくらいできないと殴り合いなんか無理なんじゃないすか? でなきゃあっと言う間にボコボコにされちゃいますよ」
「そーそー。よく分かってんじゃねえかウサ」
「伊達に戦闘モノばっか見てないっすよ」
 私はマンガにしろ映画にしろ戦闘モノが大好物だ。だから気長で優しくて頼りになる先輩である弓下さんが実はかなりワイルドな男性であると判明した瞬間には、全身が震えた程だった。もうホントに素敵すぎ!


「あ~、弓下さんをお兄さんにしたいっ」
 胸の前で両手を組みながら言うと、「何だその乙女モード」と八島さんが茶々を入れる。
「つうか、彼氏じゃなくてお兄さんなのか」
「そりゃそうすよ、弓下さんは私に恋愛感情なんか持たないだろうし」
「ほう、どうしてそう思う?」
「多分、彼はもっと大人で綺麗でセクシーな女性が好みだと思うんですよ。私はメイクでそれなりになる程度だからとても無理っす」
「弓下だって別にイケメンじゃないだろ。それにあいつ、面食いじゃないと思うけど。むしろ顔より体って言いそう」
「ちょっ、弓下君がスケベみたいに言わないで下さい!」
 途端に、松浦さんが叫び声を上げた。


「何言ってんだ、弓下だって男だぞ。しかもあの真広さんを見慣れてんだ、求めるもののレベルも高いに決まってる」
 真広さんは美人でナイスバディだ。テレビに出ている美人女優に決して引けを取らないと思えるくらい。だから八島さんの言う事には納得できるし、私も同意見だ。
「もうっ、だからどうしてそんな事ばっかり言うんですか?!」
 でも、松浦さんは違うらしい。


「あのー松浦さん。なんて言うか、弓下さんを優しくて大人しいだけの男だと思ってたなら付き合うのやめた方がいいと思います。さっき見たでしょ、ブち切れた弓下さん。多分、本気で怒ったらもっと怖いと思うんすよね」
「そ、それは私も思ったけど……」
「それに、弓下さんはスケベじゃない、とか思ってるならそれも違うと思います。男はスケベでなんぼですよ。でないと子孫繁栄に繋がらないじゃないすか。もちろん見境ないのは困りますけど、程よいスケベさは必要っすよ」
「ぶっ」
 隣で八島さんが吹き出し、松浦さんは茫然とした表情を浮かべる。私、そんなにおかしなこと言ってないと思うけど。


「そ、それはそうかもしれないけどっ。ただ、あんまり言い方があけすけだったから……」
 松浦さんはそう言って下を向き、隣に座る笹山さんが慰めるように背中を撫でる。
「さっきの弓下君にビックリしすぎて、まだ混乱ぎみみたい」
「そんなに驚く事っすかね…」
 思わず呟いてしまった。多分、隣の人くらいにしか聞こえていないと思うけど、ちょっと感じ悪かったかもしれない。
「あいつの優しくてソフトな面だけを見て好きだったんなら、ショック受けてもおかしくないんじゃねえか?」
 八島さんが、こっそりそう耳打ちしてきた。やっぱり聞こえていたらしい。


「そうっすね…。私は恋愛対象として見てなかったので、そこまで気づきませんでした」
「裸見たいって言ってたくせに」
「それとこれとは別っすよ。逆に、恋愛感情がある相手の裸なんてそうそう見れないです」
「弓下ならガン見すると」
「そうですね……って何言わせようとしてるんすか。さすがにそこまでは言えないですよ」
「いや、お前すでに言ったからな」


「はぁ…。ちょっと酔い過ぎたかな、明日弓下さんに謝らないと」
「はは、別に気にしなくていいんじゃねえの。あいつはあんなので怒るほど小さい男じゃねえし」
「それはそうですけど。て言うか八島さん、弓下さんへの評価高かったんですね」
「お前もだろ」
「私、彼氏にするなら八島さんみたいな人がいいです」
 結構意見も合うし、思考回路が似ている部分もある気がするし。男と女は水と油と言うが、彼のような人とならあまりすれ違いもなくていいかもしれない。


「ほう、そうか。だったら付き合うか?」
「はい、付き合います。……っえ?」
 いやいや、ちょっと待って。え、付き合うって言った今? ヤバい、やっぱりちょっと調子に乗って飲み過ぎたかもしれない。こんな軽いノリで付き合うとか言っちゃった。それに八島さんも、そんな簡単に「じゃあ付き合うか」って。
「あの、酔った勢いとかで明日になったら無効になって」
「なるかアホ。俺は酒強いし、ビール数杯で酔わねえよ」
「……そうですよね。すみません。酔ってるのは私です」
 八島さんって、確か年齢は弓下さんの一つ二つ上だったはず。私みたいな大学生の小娘を相手になんてするんだろうか。


「あの、私まだ二十歳っすよ」
「それがどうした」
「いえあのだから、私みたいな小娘と八島さんみたいなワイルドガイが付き合うって、釣り合わない気が」
「そんなのお前が勝手に決める事じゃねえだろ。俺は年齢より中身重視だしな。お前は歳よりものの見方が成熟してるっていうか、年齢差をそんなに感じねえんだよ。話してて違和感がないっつうか」
「あ、それは私もです。八島さんと話してて違和感とかないです」
「だったら何の問題もないだろ」
「えっえ、でもどうして私と八島さんが付き合う話に?」
「お前が言い出したからだろ」


「八島さんはどうなんすか。私でいいんですか?」
「お前それ堂々巡りしてるぞ。俺もお前と付き合ってみたい、お前がいいなら」
「そんなっ、私はもちろん大丈夫です! 八島さんとなら」
「ふーん、俺は恋愛対象内なんだな」
 弓下はお兄ちゃんなのにな、と挑発的な笑みを浮かべる八島さんに、「そりゃそうっすよ」とどうにか返した。まずい、心臓がバクバクしてきた。
「そりゃそうって、何で」
「だって、弓下さんには彼女がいると思って最初っから諦めて、その代わりに頼りになるお兄ちゃんみたいに思ってたんです勝手に。だから私の中では、弓下さんはすでにお兄ちゃんで恋愛対象にはなり得ないんです」


「成程、そういう事か」
「納得っすか」
「納得だな。よし、これからよろしくウサコ」
「え、私の名前ウサコじゃないっすよ」
「知ってる。兎田ウサコじゃおかし過ぎるだろ」
 八島さんはそう言って楽しそうに笑って、私の頭をくしゃくしゃと撫でた。
 付き合う事になって、呼び方がウサからウサコになりました。なんか微妙。
 でもいい事にしよう。さっき見せてくれた穏やかな笑顔は初めて見るもので、撫でてくれた手も、とても優しかったから。

 

ちゃんづけは禁止です。 ー3.3ー

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